「商工とやま」H16年7月号
特別寄稿

欧州LRT視察団に参加して

 富山市は、富山駅周辺の整備を機にJR富山港線の路面電車化を計画しており、平成18年度の開業を目指している。その際に、LRT(超低床車両システム)を導入し、新たな街づくりの柱として観光資源としても活用されることとなっている。そこで、次世代路面電車を活用した先進的な街づくりを進めるヨーロッパ諸都市の視察が企画された。

 日程は5月11日から19日の9日間で、富山港線路面電車化の運営主体となる富山ライトレール(株)が主催し、視察団は森雅志富山市長ほか総勢25名。その一員として参加した。

富山商工会議所理事 澁谷 武登史


◆ストラスブール

〜欧州の技術の粋を集めた「緑のトラム」〜

 最初に訪れたのはフランスのストラスブール。フランス東部アルザス地方の商工業都市で、人口約25万人。アルザス地方が「ヨーロッパの十字路」と呼ばれているが、ストラスブールはその中心都市として、中世から今日まで交通の要衝として繁栄してきた。古くから独仏間で幾度も争奪の地となった過去を持っている。かつて中学校の国語の教科書に「最後の授業」という一文が載っていたことをご記憶の方も多いと思うがその舞台となったところでもある。旧市街は1988年に世界遺産に指定され、運河沿いに16世紀そのままの木組みの家が多く並ぶ町並みが印象的であった。運河をうまく利用した街づくりは富岩運河や松川を抱える富山市としても大変参考になるものと思われる。

 また、欧州議会はじめ欧州人権委員会、欧州青年センターの本部が置かれており、ヨーロッパを代表する欧州連合の中心的都市として重要な地位を占めている。

 都心部はライン川の支流の運河に囲まれた東西1km、南北800m程度の広さで、大聖堂を中心とした一帯は歩行者ゾーンとして、自動車の通行が大幅に規制されていた。

 都心部を迂回する高速道路が完成したのを機に都心部を貫く幹線道路を遮断し、一方通行や通行禁止などの大幅な交通規制がなされていて、都心部への自動車の利用を抑制するために、環状道路外に数千台収容のパーク&ライド駐車場が整備されている。パーキング・リレー・トラムとして駐車料金は一日運賃込みで2・7ユーロ、月極めで46ユーロという格安の料金で設定されていた(1ユーロは約130円)。

 ここの路面電車は「緑のトラム」の愛称で世界的にも有名である。(トラムとは、英語・フランス語で路面電車を意味する用語)車体の色はモスグリーンで形は流線型のモダンなつくり。窓も高さが2メートル近くあり車内は広々として明るい。車両はベルギーのデザイナーが設計したもので、車輪を別々に駆動させることで車軸をなくし超低床型を実現するなど欧州技術の粋を集めたものである。実際に試乗してみるといすに座ったまま町並みを滑っているような感覚であった。住宅地や公園周辺では軌道の中に芝生が植えてあり、振動も少なく静かで、しかも周囲の歴史的な町並みとうまくマッチしている。


◆フライブルク

〜「地域環境定期券」が路面電車の利用を促進〜

 次に訪れたのはドイツのフライブルク。ドイツ南西部の都市で中世から大学都市として知られているところ。ライン川流域に位置し、対岸はアルザス地方(フランス)で、南に行けばすぐにバーゼル市(スイス)になるという国境地帯にある都市である。ここを訪れるときに先ず驚いたのは国境を越えたにもかかわらず税関も何もないということ。国内のまるで隣町へ行くといった軽い感覚である。これが欧州連合の実態というものなのかと感心させられた。人口は約19万人で、近年は環境政策で優れた都市として評価されている。学生数が人口の7分の1を占め3万にも及ぶ。ゴシック様式の大聖堂を中心に広がる街の中心部は、石畳の歩道の脇を清流が流れ、石造りの建物が中世の面影を伝えていた。ハプスブルク家の統治が400年以上も続いたこともあって文化の香りが高く、気候も温暖なようである。

 大聖堂を中心とした中心市街地の700m四方のエリアは、30年前に自動車の乗り入れが禁止されたという。それを取り巻く環状道路は、片側1車線が自転車専用、1車線がバスレーン、1車線が自動車専用となっている。市街地内には駐車場はあるが、すべて有料でしかも駐車時間が最大で2時間半とするなど、パーク&ライドを促進するとともに、市街地への車の乗り入れを抑えている。

 フライブルクの環境政策として特に評価されているのはエネルギー政策、廃棄物のリサイクルならびにごみ減量政策、交通政策の3つである。当市の路面電車は、環境保全のための交通政策とも密接な関係がある。70年代に酸性雨による黒い森の枯死が起きたとき、原因は自動車交通量の増加がもたらした排気ガス起源の大気汚染による悪化であるということがわかった。そこで市は都心への自動車乗り入れを規制し、路面電車とバスを強化して、公共交通中心の交通体系へと転換させた。市郊外の市民は、パーク&ライド駐車場に自動車を置いて路面電車に乗り換えて中心市街地に入る。市の都心部に自動車を駐車することができるのは都心部に住んでいる市民だけで、すべて許可制になっている。市では路面電車やバス路線網を乗り放題にできる「地域環境定期券」を発行して利用促進に努めている。市中心部ではショッピングや散策する人々の間を縫うようにして路面電車が縦横に走っている様子に驚かされた。


◆カールスルーエ

〜路面電車が鉄道路線に乗り入れ〜

 次にドイツ新幹線でドイツ南西部のカールスルーエに向かった。人口は28万人で、ライン川流域に位置する交通の要所である。ドイツ有数の規模を誇るカールスルーエ工科大学があり、学生の街としての側面もあるが、ドイツ連邦最高裁判所、連邦憲法裁判所の所在地でもあり、「法曹の首都」という別名もある。

 カールスルーエの路面電車は、鉄道線乗り入れを行っていることで有名である。この鉄道線乗り入れはカールスルーエ・モデルと名づけられ、ヨーロッパ各地で参考にされているとのこと。路面電車が鉄道線に乗り入れることにより、路面電車沿線の都心と郊外が直結され、公共交通としての利便性が飛躍的に向上した。鉄道線乗り入れとともに路面電車の乗客も増え続け、都心の通りには郊外各地や市内線の路面電車が入り乱れて走っている。機関ごとの乗り換えの壁を取り払い、ネットワークを拡大して公共交通の大幅な復権を果たしたカールスルーエ・モデルは、都市交通の一つの鏡として世界中から評価されている。

 郊外では特急列車と同じ路線を時速100kmで走行し、都市部へ入ると路面電車に早変わりするという仕組みである。


◆ウィーン

〜都市中心部の自動車乗り入れを規制〜

 次に訪れたのは、ウィーン。ご承知のようにウィーンはローマ帝国以来、2000年の歴史を持つ都市である。欧州の東西南北を結ぶ十字路に位置し、中世から第一次世界大戦にかけては、ハプスブルク家によってオーストリア帝国が築かれ、欧州の人々から「栄光のウィーン」と呼ばれた。また、ハプスブルク家は音楽・絵画等の芸術発展にも情熱を注いだために、「芸術の都」、「音楽の都」とも呼ばれている。

 ここでは高速道路と自動車専用道路で環状道路を形成しており、ヨーロッパの十字路として、都心を通ることなく欧州各地に向かう自動車交通を裁いている。一方、市内は19世紀半ばまで城壁であったところを広い幅員の道路として整備したのがリングと呼ばれる環状道路となっている。シュテファン寺院を中心にリングまでの半径500m内は自動車の乗り入れが規制されていて歩行者ゾーンになっている。

 公共交通はSバーン(日本のJRに相当する)、地下鉄、郊外鉄道、路面電車、バスの各種公共交通機関が階層的に整備された都市である。路面電車はリングから放射状にネットワークしており、その規模は32系統・総延長182kmに及び世界有数の路線網を誇る。電車そのものの開発も進んでおり、516台の車両のうち120台が低床型で、最新式の車両は床面の高さが19cmと世界でも最も低い超低床型でデザインはポルシェが担当した。積雪時は油圧で車体全体が数cm浮上するハイテク機能を備えており脱線を防ぐ機能も万全であるとのこと。

 忙しい視察の合間を縫って全員で世界遺産にもなっているシェーンブルン宮殿を訪れ、ハプスブルク家の栄華の一端を垣間見た。


◆パリ

〜路面電車を再評価〜

 パリの路面電車は、最盛期には約1,100kmの路線距離を誇り年間約7・4億人を輸送していたが、その後全廃され、地下鉄とバスに転換した。しかし都心への自動車の流入量はすさましく地下駐車場の整備を進めても追いついていない。また、道路が狭いため、満足に走ることもできない。そこで市は新たな地下鉄建設を検討したが地上走行の路面電車よりも4倍以上も費用がかかるということで路面電車の導入に踏み切った。
 路面電車は北部のサンドニ線と南西部のセーヌ線があり、どちらも中心部へ向かう地下鉄への乗り継ぎ手段として利用されている。車両は乗降口の床面だけを低く設計した部分低床式になっている。
 最後の視察地でもあるので凱旋門やエッフェル塔など市内を観光したのちルーブル美術館を見学した。 観光と融合したLRTの導入を!

 今回の視察で感じたことは、どの都市も古い歴史と伝統があり、その町並みとモダンな低床式路面電車が奇妙なくらいマッチしていて市民の中に当然のように溶け込んでいたこと。各都市の路面電車はほとんどが低床式で車椅子やベビーカーもそのままスムーズに乗車できるし、中には自転車も持ち込めるところもあった。
 歩行者はゆっくりと路線を横断しても特に危険を感じない様子も印象的だった。市内中心部は自動車乗り入れが禁止されており、パーク&ライドが徹底しているので歩行者も安心して散策していられる。
 料金は公共交通ということで国・州の手厚い補助があり、きわめて安く設定されていた。それと日本と違って自己責任という思想が徹底しているせいか切符を自販機で買って各自が車内で刻印するシステムになっている。勿論駅員や車掌もいない。尤も無賃乗車がばれると、何十倍もの罰金を取られるとのこと。
 文化の違いを見せ付けられた思いがする。

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