会報「商工とやま」平成21年10月号

特集2
平成21年度創業100年企業顕彰 その(1)
 質の高い寝具の製造・卸し・小売りで100年の歴史を刻む
  有限会社 寝装の大郷



 民間調査機関によると、創業100年を超える企業は、全国で2万1、066社、富山県内では289社あるといわれます。富山市内には、数多くの老舗企業があり、当所では会員企業を対象に、毎年創業100年企業顕彰を行っています。

 今回は7月の当所通常議員総会で顕彰された、明治41年創業の有限会社寝装の大郷社長の大郷宏氏に、長きにわたって続く同社の歴史と企業経営についてお話を伺いました。


明治41年『大郷綿行』を創業


 有限会社寝装の大郷の前身、大郷綿行は明治41年(1908)に、現社長の曾祖父である大郷金次郎氏によって創業。金次郎氏の実家は、江戸時代、材木屋や質屋を営んでいた商家でした。分家した金次郎氏が、新たに興した大郷綿行が、現在まで100年続く寝装の大郷の始まりとなりました。大郷綿行では寝具の製造や加工、卸しを一貫して手掛け、それは現在の寝装の大郷に、そのまま受け継がれています。

 創業以来、現在まで同じ場所で、しかも同じ商売で続いているという企業は、本当に珍しいのではないでしょうか。その大変さを、現社長で四代目の大郷宏氏は語ります。「初代の金次郎は政治的にも活発で、商売にも成功し、一時、相当な財を成したようです。しかしその後、大変苦しかった時期があり、それを祖父で二代目の為之輔の代で立て直すことができたと聞いています」。


自社ブランド「白象綿」を製造・販売


 大正5年には、宏氏の父で三代目の修平氏が誕生。修平氏は幼い頃から家業をよく手伝いました。また戦前から、自社ブランドである寝具用の高級綿『白象綿』を県内全域の寝具店や呉服店などに卸し、商売は大いに繁盛したといいます。

 なお、戦前、店の前の通りは当時の県道で、大和百貨店から石金方面へと続くメインストリートでした。多くの人が行き交う、とても賑やかな通りだったそうです。


富山大空襲で焼け野原に


 やがて戦争が激化し、昭和20年(1945)8月2日の富山大空襲によって、あたり一帯は一夜にして焼け野原になってしまいます。しかし、工場や店を失った失意の中でも、家族には大きな喜びと希望がありました。後の四代目社長となる長男の宏氏が、昭和20年8月23日に疎開先の呉羽で無事、誕生したのです。

 一家は、2つあった土蔵のうち、焼け残った1つを住まいにして、得意先からの要望に応えるべく、工場の再建に奔走します。物資が不足するなか、木材もなかなか集まらず、能登や岐阜まで出かけて、船で材料を運んできたそうです。

 戦後、区画整理がすすめられ、店はかつてバスが行き交うメインストリートだった通りから外れることになってしまいました。これによって人通りも大きく変わってしまいましたが、修平氏は今の場所を離れず商売を続けました。昭和26年には株式会社大郷製綿を設立し、法人化。様々な苦労の中でも、戦後の復興を見事、成し遂げていったのです。


流通・消費者ニーズの変化


 昭和45年(1970)には宏氏が、大学卒業後、約2年間働いた名古屋から実家へと戻ります。

 「私が入社した頃は、まさに、高度経済成長期。当時、セールスの従業員もたくさんおり、私自身も滑川から黒部まで、毎日のように出かけたものです。県東部や新湊など、県内各地の小売り屋さんに『白象綿』は、飛ぶように売れました。やればやっただけ成果が出た時代。面白かったですね。まだ、大型スーパーはなかった頃です」。

 その頃、富山市で富山繊維品卸商連盟に加入している企業は47社程ありましたが、現在ではわずか12社となっています。昭和50年代までは順調だった寝具の販売も、昭和から平成に変わり、大型スーパーの出店が相次いだことや、日本の繊維産業をとりまく環境の変化で、業界の流れ、流通も大きく変わっていきました。

 同社では、製造・卸売りに加えて、昭和50年代からいち早く一般消費者向けに展示場を作り、小売り販売を始めています。しかし、その後、核家族化がすすみ、ライフスタイルも変化したことから、近年では、婚礼物へ寝具の需要は、大きく減少しています。ニーズの多様化で、商品は多品種・小ロットとなり、商品サイクルも、ますます短くなってきているとのこと。時代が変わるなかでの、小売りの難しさを感じているそうです。


あらたな小売りの時代へ


 しかし、五代目となる息子の卓也氏が平成9年に入社し、エンドユーザーへ向けた小売り部門強化への挑戦が始まっています。

 卓也氏は「ぐっすり眠る会」などの活動を通して、医師とも連携しながら睡眠と健康の関係について講演会を開催したり、より良い寝具選びについて、各メディアなどを通して一般消費者への情報発信も積極的に行っています。

 「県内では、製造メーカーや卸し問屋として知られている当社ですが、小売り部門では、一般のユーザーにはまだまだこれからの段階」と話す宏氏。息子さんの今後の活躍に、期待を寄せています。


地道な商売とブランド力


 宏氏は、祖父の為之輔氏がよく話していた商売上のノウハウを、身を持って、なるほどなと理解できたことが多々あったそうです。為之輔氏が残した言葉に「損せず、儲けず、無理なく、無駄なく、むらなく」という商売訓があります。

 「これは、祖父が口癖のように言っていたことです。ある老舗の家訓を引用していたらしいのですが、とにかく、地道な商売をしろ、あまり派手なことをするな、と。祖父は、自分の父親の商売を立て直した経験があったからなのかもしれませんね。それを受け継いだ父は昨年亡くなりましたが、仕事をしていた頃は、お酒も飲まず、とにかくまじめ一筋、商売一筋でした」。

 100年同じ業種で続けられたことは、本当にありがたいことと話す宏氏。

 「長年の信用は、1年、2年では買えないもの。人との信頼関係があったからこそ、100年続いたのだと思います。それに、とにかくまじめな商売をしてきたことでしょうか。製造メーカーとして『白象綿』という自社ブランドを持ち、綿100%の最高の綿にこだわり、ずっと変わらずに確かな品物を提供してきたことで、お客様の信頼を今につなぐことが出来たんだと思います。やはり、品質と人間関係でしょうね。そうでなければ、100年も続くはずがありません」。


 「これからも、人と人とのつながりを大切にし、本業の地固めをして、さらに、100年、200年続く企業でありたい」と話す宏氏。激変する経済環境の中にあっても、しっかりと足場を固めた、地道で着実な企業経営で、息子さんとともに、新しい時代を切り開いていこうとしています。

有限会社寝装の大郷
富山市室町通り2-1-20
TEL:076-421-3181
●主な社歴
 明治41年(1908) 大郷綿行創立
 昭和26年(1951) 大郷製綿株式会社設立
 平成7年(1995) 有限会社寝装の大郷設立
 初 代 大郷金次郎氏
 二代目 大郷為之輔氏
 三代目 大郷 修平氏
 四代目 大郷 宏氏(現社長)
 五代目 大郷 卓也氏


 「吸湿性や保湿性など、あらゆるデータから見ても、寝具には綿が最高なんですよ」と語る大郷社長。掛け布団は羽毛で、そして、敷き布団はやはり綿100%が一番という。なかでも、同社の「白象綿」は、高品質の綿100%を使用。いい綿は長く使っても、天日に干すと、再びふっくらしたボリュームが出るものだ、と。代々受継がれてきた自社ブランドへの自信と本物へのこだわりが、今も多くの 人に信頼され、愛される理由となっている。

創業100年企業を顕彰
当所「創業100年企業顕彰」制度による顕彰式を、7月17日(金)開催の通常議員総会に先立って行い、申請のあった会員事業所4社の代表者に、犬島会頭から顕彰盾を贈呈しました。

 ●(有)寝装の大郷(明治41年4月)
 ●(株)精田建鉄(明治41年10月)
 ●(株)源(明治41年11月)
 ●大村新聞舗(明治42年4月)

 本誌では、100年もの歴史を重ねる4社について、今号より順にご紹介していきます。
 この顕彰は、毎年4月1日現在において、創業以来継続して100年以上にわたり事業を営んできた企業(団体を除く)および個人事業者の皆さんからの応募申請により実施しているものです。
 平成22年度の募集については、本誌4月号でご案内します。


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