会報「商工とやま」平成27年5月号

シリーズ 老舗企業に学ぶ18
まちなかの味噌・糀、酒屋さんとして一世紀 有限会社田畑商店


富山市太田口通り周辺は、旧飛騨街道、そして、ぶり街道として多くの人や物が行き交い、交通の要所として、また商店街としても栄えた所。
 歴史あるこの地で102年にわたって味噌・糀の製造と販売を手がけ、また、酒屋としてもまちの人々の暮らしを支えつづけてきたのが有限会社田畑商店です。同店の歴史について、代表取締役で三代目の田畑寿夫さん、妻の和子さん、そして四代目の陽平さんにお話を伺いました。



大正2年に太田口通りで創業


 有限会社田畑商店は、大正2年に初代店主の田畑菊次郎さんが、現在もお店がある富山市太田口通り2丁目で創業したのが始まりです。
 古民家風の外観と内装で、歴史や風情を感じられるお店には、手づくりの味噌・糀と、富山の地酒、醤油などが並びます。現在の店舗は2011年に新築されたもの。東日本大震災を機に地震にも備えようと、終戦後に建てられた築60年以上の店舗を建て直したものです。


味噌・糀の製造販売から


 大正2年の創業当初は、味噌と糀のみを製造・販売するお店だったとか。その後、昭和初期には、お酒の小売りも始め、お店はさらに繁昌していきました。
 昭和20年の富山大空襲で店舗は全焼しますが、家族は疎開して無事だったそうです。西町の大和百貨店が焼け野原のまちにそびえるなか、同店の糀をつくる室はコンクリート製だったため焼け残り、近所の人がしばらく避難生活をしていたそうです。戦後は、どぶろく作り用の糀などがよく売れ、一家は店をいち早く再建することができたと言います。
 そして、菊次郎さんの孫にあたる田畑和子さんが、昭和26年に3兄妹の末っ子として誕生しました。
 「私が幼稚園に通っていた頃に祖父が亡くなったため、祖父の記憶はあまりないのですが、二代目の父の良平と母の雪子が商売をしていた頃は、休みはほとんどなく、元旦だけがお休みで、2日にはもう初売りという日々。大晦日まで集金や配達と、本当に休みなく働いていたものでした」と話す和子さん。
 また、自転車の後ろに大きな荷台をつけて各家庭に酒や味噌・糀を運んだものだとか。
 「昔は、家庭で味噌を手づくりする方が多かったので、味噌作りに必要な大豆や糀などを載せて、よく運んでいたのを憶えています」


誠実な人柄で慕われた良平さん


 二代目の良平さんは10人兄弟の長男。とても誠実な人柄と対応で、多くの人から信頼された人でした。
 「父は無口で黙々と仕事をした職人気質の人。仕事が趣味だと皆さんに言われるほど、朝から夜遅くまで、本当によく働いていました。うまくお客さまを接待はできなかったかもしれませんが、とてもやさしく、皆さんに、いいお父さんだったねと言っていただけるような人でした」
 そして、母の雪子さんはとても明るく、社交的。車がまだ少なかった時代から早々に運転免許を取得した行動派でもあります。雪子さんが車を運転しては、良平さんの配達を手伝ったそうです。当時は従業員も雇っていましたが、休みがほとんどない忙しい毎日のなか、まさに夫婦二人三脚で、お店を切り盛りしていました。良平さんは10年前に亡くなりましたが、雪子さんはいまも元気に過ごしていらっしゃいます。


三代目寿夫さんと和子さんの結婚


 和子さんは末っ子で、元々商売を継ぐつもりはなく、大学を卒業後は石川県の企業に就職。その後退職し、自宅で花嫁修業をしていました。しかし、お兄さんが違う道に進み、後継者がいなくなってしまった時に、父親同士が幼なじみだった寿夫さんとの結婚話が持ち上がります。
 寿夫さんは四男で実家でも商売をしていたことや、大学を卒業後、名古屋と富山で、食品流通業に携わった経験があったことなどからこの商売に興味を持ち、和子さんとお見合い。めでたく2人は昭和52年に結婚し、寿夫さんが婿に入るかたちであたらしい生活が始まりました。


次期四代目の陽平さんとともに


 その後、寿夫さん和子さん夫妻は3人のお子さんに恵まれ、現在は長男の陽平さんが、次期四代目として店の大きな力になっています。
 中学・高校時代から、糀・味噌づくりを手伝い、陽平さんが本格的に店の仕事をするようになって約18年になります。寿夫さん和子さん夫妻は、陽平さんについて、「よくやってくれていると思います。後はお嫁さんが来てくれれば何よりですね」と語り、花嫁募集中とのこと。誠実に働く陽平さんに、良縁が訪れるのを願っています。


普段から客先に顔を出すこと


 商売で大事にしていることを伺ってみると、「お客さまとの親密さ、親しさ」と語る田畑さん一家。寿夫さんと陽平さんは、用事がなくても、顧客のお宅に顔を出して世間話をしたり、お茶を飲んだりといった親しい付き合いを何より大切にしているそうです。そして、和子さんがその間、店を守ります。
 「小さな店ですが、ここまで頑張ってこられたのも、いいお客さまに恵まれているからこそ」と語り、地域密着型の店ならではのきめ細やかな付き合い、サービスを心がけているそうです。


関東でも人気の美味しい味噌


 田畑商店の人気商品は、地酒はもちろんのこと、手づくりの味噌・糀です。同店の味噌の美味しさは口コミで評判が広がり、ご近所や市内の方はもちろん、故郷の味として都会の家族に送る方も多いそうです。
 また、約30年前からは東京や埼玉にも多数の顧客を持ち、味噌づくりのための大豆や糀、塩などをセットで販売して人気だとか。添加物が一切入っていないことも、食に敏感な都会の皆さんに喜ばれている理由です。和子さんは同店の味噌の美味しさの秘密を次のように語ります。
 「糀づくりも味噌づくりも、先代から受け継いだ昔ながらのやり方を変えていません。ただし、使う糀の量は昔の2倍で、塩分は控えめ。ですから、旨味、おいしさが違うんです。大豆も北海道産の秋田大豆を使っていますが、甘味が強い大豆ですから、より美味しく仕上がります。どんな料理に使っても、すごく旨味が感じられる味噌なんですよ」
 最近は地区センターで味噌づくり教室を開くなど、手づくり味噌の美味しさ、良さを広く伝えているそうです。
 数年前からの塩糀ブームなど、日本の伝統食、発酵食品のすばらしさに再び注目が集まっています。富山県には日本でも数少ない種糀の店があり、人口10万人あたりの味噌・糀屋さんが全国的に見ても多いと寿夫さんは話します。皆さんも、田畑商店の糀を使って甘酒づくりをしてみてはいかがでしょうか。甘酒はビタミンやブドウ糖が豊富で、飲む点滴とも言われ、疲労回復に効果があるとか。美容と健康のために、甘酒を飲む方も増えているようです。


再開発ビルと北陸新幹線


 今年3月に北陸新幹線が開業し、8月には富山市西町の旧大和跡地に、ガラス美術館や図書館などが入る再開発ビル「TOYAMAキラリ」がオープンします。田畑商店はこのビルから徒歩10分以内。市内電車の上本町電停からは徒歩5分以内です。TOYAMAキラリ横から伸びる太田口通りにも、ぜひ、多くの人を呼び込みたいところです。
 「どの業種も、小売店の生き残りは大変な時代」と語る田畑さん一家ですが、伝統の味噌・糀とお酒の販売という2本の柱を活かし、今後も、人と人とのつながりを大切にした地域密着型のサービスを続け、あらたな顧客も開拓していきたいとのこと。また、街なかにありながら、車を止められるスペースもゆったりあります。先代から使われている柱時計や棚、暖簾、黒電話などが、歴史ある店の雰囲気をより趣のあるものにしています。是非一度、お店を訪ねてみてはいかがでしょうか。

有限会社田畑商店
富山市太田口通り2−3−15 TEL:076−421−5644

●主な歴史
大正2年 
田畑菊次郎さんが味噌・麹の製造販売店を創業。
昭和初期には酒の販売も開始。
昭和22年 
田畑良平商店に。二代目の田畑良平さんが継承。
昭和63年 有限会社田畑商店に。
平成2年 
三代目の田畑寿夫さんが代表取締役に就任。