会報「商工とやま」平成29年4月号

シリーズ 老舗企業に学ぶ31
トップが率先して動き、地域を大切にする インテリア材料総合商社(株)西野


 会社の創業は明治33年(1900年)。インテリア材料総合商社(株)西野は今年、創業117年目。表装材料や紙・文具などの販売に始まり、住宅事情の変化に合わせて壁紙やカーテンも扱うようになりました。住空間を美しく彩り、安全に暮らすための商品を、誠意を尽くして販売してきた思いとは。四代目社長の西野俊一さんにお話を伺いました。


平凡の積み重ねが非凡になる


 西野家は、安政の時代から現在本社のある富山市五番町に居を構えていました。(株)西野の前身である「西野商店」を創業した西野彦平さんは俊一さんの曾祖父。明治33年に障子などに貼る和紙八寸紙(はっすんがみ)を扱う商売を始めました。お客さんのニーズに応えて、紙だけではなく文具や、掛け軸の表装に使われる裂地(きれじ)などもそろえました。
 富山市の中心部に店を構え、地域住民の役に立ちたいという創業者の思いは、今も西野社長はもちろん、社員にも受け継がれています。
 「社内で創業者の言葉を集めた語録を共有し、その思いを大切にしています。第一に言ったのは『平凡の積み重ねが非凡になる』ということ。私が生まれた時、創業者はすでに他界していましたが、祖母が伝えてくれました」  創業者の言葉には心に響く格言が少なくないそうです。
 「彦平は『10年で、世の中は何もかもが変わってしまう。いろんな事に明るくなるよう、勉強しなさい』と言っていたそうです。一方で『身の丈を考えよ』とも。知ったかぶりはいけない。分かりもしないで手を広げるなということでしょう。どんどん変わっていく世の中でいかに生きるべきかを言い遺してくれました」
 117年の歴史に培われた伝統は誇るべきですが、「企業は20、30年たつと垢がたまりがち」というのが西野社長の持論です。企業も人間も時代とともに変化・成長していくことが求められるのです。


教育を徹底して技術者を育成


 117年の歴史の中で、日本の住宅事情は大きく変わっていきました。表具屋さんに障子紙やふすまの紙を納めていたのが、高度経済成長期には壁紙を求められました。伝統的な日本家屋から和洋折衷の住宅へと家のありようが変化していったのです。また商売の主な相手は表具屋さんから内装・インテリア関係業者など、職人から企業へと広がっていきました。表具屋さんはどんどん減り、数えるほどになりました。
 「昭和58年には、本社にショールームを開設しました。表装材料だけではなく、壁紙やカーテンを主力商品として紹介するためです。今思えば、少し勇み足だったですね」
 とはいえ、ふすまや障子の紙を選りすぐりの越前和紙に求めたように、カーテンでも品質にこだわる姿勢を追求しました。特注のカーテンは、生地を選んでもらった後、地域の縫製業者に頼んでいました。しかし、それでは縫製の方法がバラバラで品質が安定しません。そこで、平成8年に自社のカーテン縫製部門を設けたのです。社員教育を徹底して有資格の縫製技術者を育成しています。



「良いものが欲しい」ニーズも


 同社が扱ってきた商品は紙や布が多く、洋風の家が建つなど住宅事情が変化しても、壁紙は紙か布、木など植物由来の素材が大部分を占めていました。しかし、昭和50年代からはビニール製の素材が増えました。これらは安価で消費者にとってはありがたいようですが、品質低下につながり西野社長は決して業界のためになっていないと言います。
 「便利で安価なビニール製の壁紙が増えて、値段はこれまでの何十分の一に下がり、一気に普及したと同時に価格優先の粗悪品が出回りはじめたのです。かつては特別な技術を備えた職人がきちんとした品を手作業で貼っていたのに。便利で安価はいいですが、技術がいらないとなると本来の職人が育ちません」
 消費者にとって良いものを売ることはもちろん重要ですが、生産者にとってはどうなのか、という視点も重要です。産業そのものや商売が立ち行かなくなっては、「本当に良いものが欲しい」というニーズに応えられません。今はすごく安いものか、良いものかという二極化が進んでおり、立ち止まって考える必要があります。


必然性を語ることができるか


 同社のオーダーカーテンは、しっかり良いものをお届けするという点で、顧客のニーズに応えています。
 「相談を受けたことすべてが仕事になります。幅の広いもの、柄の複雑なもの、大きなものなど。どんなオーダーが来ても対応できるよう技術者をそろえ、縫製機械も充実させています。今はネット社会ですから、お客様もいろんな知識を持っておられるので、あれもこれもと見比べて、注文してこられます。うちに注文してこられる必然性を考えるとき、必要なのはお応えできる知識の深さと応用力が重要です。選んでいただいたことに対する感謝と敬意でしょう」
 カーテンの縫製部門ではさまざまな機械が並び、熟達した職人が手際よく作業に当たっています。目分量で縫い幅を見極め、手を動かす姿には感心させられます。「どんな良い機械も使うのは結局人間ですからね」と西野社長。凝った装飾のカーテンは、技が必要です。職人全員が女性で、端切れを使ってクッションカバーや手芸品を作ったりもしています。


人間同士の信頼関係が最も重要


 二代目の彦平さんは、戦時中、紙を大八車に乗せて疎開し、富山大空襲の焼け跡でいち早く店を再開し、戦後の復興に貢献しました。
 117年を経た今、IT化の速度は目覚ましく、時代の変革期の中でどのように消費者のニーズに応えていくかが課題となっています。
 「アナログからデジタルへと世の中はものすごいスピードで動いています。ではデジタル化を進めればそれでいいのか? アナログの最たるものである人間同士の信頼関係が最も重要だと考えます。特に私たちの商品は家庭という大事な人々の暮らす場を創っています。人の心をないがしろにしてはなりません。良い商品が世間に紹介されにくい今、五代目が新設した建築事業部【みつばちワークス】で積極的に動いています」


気付いた者がすぐ動くべき


 人間同士の信頼関係を大切にしている西野社長ですが、新人育成では困ることも少なくないとか。「良い人材が欲しい。毎年募集はしているけれど、なかなか難しいですね」と苦労を明かします。社長は大病を経て吹っ切った心境もあり、ここ10年は闊達に動いて社員の士気を高めています。
 「例えば、社内にゴミが落ちていたら、すぐに拾います。気付いた者がその場ですぐ動くことこそ大切です。私がそうすることで周囲の人に何か伝わればと思っています」
 また、地域の絆が弱まったといわれる時代に、地域を大切にすることも企業が生き残るうえで大切だと考えています。明治32年、富山大火に見舞われた時、創業者の彦平さんは西野商店を壊すことを決断し、延焼を防ぎました。150年以上、五番町で店を構えてきた同社だから「地域あってこそ。足元がしっかりしていなければ商売も立ち行かなくなる」との思いがあります。交通安全や清掃奉仕など地域のボランティア活動に汗を流すことも、老舗を守る力となっているのです。


株式会社 西野
富山市五番町4−10
TEL:076−425−1221

●主な歴史
明治33年(1900年)初代西野彦平が西野商店を創業
昭和12年(1937年)2代目が西野彦平を襲名、岐阜県に販路拡大
昭和23年(1948年)株式会社西野商店を設立、長野、新潟、石川の各県へ販路開拓
昭和41年(1966年)西野ビル竣工
昭和52年(1977年)高岡市泉町に高岡営業所開設
昭和57年(1982年)金沢市森戸に金沢営業所開設
昭和58年(1983年)本社にショールームを新築 
昭和60年(1985年)西野俊一が社長就任
平成2年(1990年)株式会社「西野」に社名変更、高山市総和町に高山営業所開設
平成8年(1996年)カーテン縫製部門を開設
平成12年(2000年)創業100周年記念式典、商品開発部を開設
平成15年(2003年)カーテン縫製部門増築
平成22年(2003年)住宅新築・リフォーム部門【みつばちワークス】新設