会報「商工とやま」平成29年6月号

シリーズ 老舗企業に学ぶ32
伝統の味を守る一方で食べやすさの工夫を 株式会社 せきの屋


 富山土産として名高い「ます寿し」の製造・販売で139年の歴史を誇る株式会社せきの屋。創業は明治11年(1878年)です。魚をしめる塩・砂糖・酢の割合や寿し酢の配合は代々、受け継がれてきた秘伝の味です。食習慣や時代の変化に伴って消費者のニーズが変わる中、伝統を守りながらも新たな工夫が求められています。ます寿し作りに情熱を注ぐ5代目社長の前川雅美さんと奥様の京子さんにお話を伺いました。


全国駅弁大会で人気を集める


 ます寿しは全国の駅弁フェアなどで人気を集める、富山を代表する土産品です。富山市内を流れる神通川を遡上するマスを甘酢でしめ、立山の雪解け水がはぐくんだ富山米と合わせた「早寿し」の一種。平安初期の宮中諸式を書いた「延喜式」には、越中のます寿しを朝廷に献上したとの記述があるそうです。
 江戸時代後期には酢が大量生産されるようになり、マスの切り身を酢に漬けて一夜で仕込んだ早寿しが普及するようになっていきました。そのころから神通川の近くには「川魚屋」が並び、新鮮な魚や加工品と一緒に、ます寿しが売られるようになったそうです。
 明治41年(1908年)に北陸鉄道富山停車所(現在のJR富山駅)が完成し、昭和36年(61年)に特急「白鳥」、同39年(64年)に特急「雷鳥」が北陸本線に登場するなど、鉄道網の発達により駅弁の知名度が高まるにつれ、ます寿しは全国に知られるようになりました。有名百貨店の全国駅弁大会で人気を集めたことも、ます寿しが全国区になった大きな要因です。せきの屋も戦後は生産体制を見直して、販路を拡大していきました。



塩・砂糖・酢の割合は変えず


 ます寿しの味の基本は塩・砂糖・酢です。せきの屋の周辺には多くの老舗ます寿し店が軒を連ね、それぞれのお店の商品は、マスのしめ具合等の特徴があります。せきの屋のます寿しは、適度にしめたマスと、すし飯の優しい味わいが人気です。139年間で製法は変わっていないのでしょうか。
 「近年、お客様に『せきの屋のマスはパサパサだね』と言われたことが何度かありました。時代の変化でしょうか。そこで、1年ほど前からマスを酢に漬ける時間を少し短めにしました。その結果、マスの身が以前より生っぽく仕上がっていますが、調味料の配分は創業以来、変えていません」
 さらに、美味しさへのこだわりは強く、同じ味を保つため、季節とその時の材料によってマスを酢につける時間を微妙に変えています。また、乾燥を防ぎ少しでも作り立ての味わいを保つため、保温袋に入れて発送するなどの配慮もされています。



富山県民に「もっと食べて」


 「食べやすさの工夫」は、ほかにもあります。2段重ねの商品は、1段目と2段目の間にビニールシートを挟むことで取り出しやすくしました。また、ます寿しには1段あたり1合の米飯が使われていますが、「1人で食べ切るには多過ぎる」という高齢者や女性の声が大きくなったので、三分の一の大きさの商品「ミニます」を販売するようになりました(他に「ミニかに」「ミニぶり」もあります)。
 「以前は県外の人が土産として買うだけでなく、県内の方も『今日の夕食はます寿しにしよう』と買い求めてくださいました。しかし、ファミリーレストランなどが普及して外食の機会が増えるに伴って売り上げは減少していきました。富山の方が気軽に日常食として召し上がってくださるようにならなければ、消費拡大は期待できないかもしれません」



複数の商品を「食べ比べ」


 最近では、商品のロスを減らすため、売れ残りを出すより、売り切れになって閉店するように製造する数を調整しています。売れ残っても割り引いて売るわけにはいかないので、ご近所に配ったり、自宅で食べたりしているそうです。また、安い材料を使うことで値下げすることはせず、「富山ブランド」としてのます寿しを守っています。
 ます寿しを製造・販売する13店加盟の「富山ます寿し協同組合」は、若手のアイデアによりさまざまな取り組みを行っています。複数の商品を一切れずつ食べる「食べ比べ」の催しなどが人気を集めており、前川さんもその成果を高く評価しています。
 今年1月に放送されたNHKのテレビ番組「鶴瓶の家族に乾杯」では女優の天海祐希さんが、せきの屋を訪れ、「きれい。懐かしい」と言って美味しそうにます寿しを食べる様子が放映されました。天海さんは祖父母が富山県出身で、子どもの頃にます寿しを食べた記憶があると話していました。
 「富山県出身で首都圏に住む方や、天海さんのように祖父母や親が富山県出身という方はよく買い求めてくださいます。県外からの注文は多いですね」



お茶と一緒に店内でどうぞ


 前川さんを助けて店を切り盛りするのが奥様の京子さんと長男の晃一郎さん、長女の真理子さんです。京子さんは北海道釧路市の出身ですが、先祖は上市町から北海道へ移住したのでルーツは富山県だとか。大学時代に吹奏楽部の先輩・後輩として出会い、卒業から1年後に富山市へ嫁いできました。
 「鶴瓶の家族に乾杯」で前川さんは、天海さんに夫婦円満の秘訣について「お互いのやりたいことに口を出さないように」と語りました。前川さんが富山にUターンして間もないころに4代目の美信さんが亡くなり、若い5代目を支えたのが京子さんです。京子さんが慣れない土地で新婚生活を送り、子育てや介護、店の切り盛りと奮闘してきた苦労を前川さんは理解しているので、「夫婦仲良く」という気持ちを大切にしています。
 昨今のスーパーマーケットやコンビニエンスストアには手ごろな値段の弁当やおにぎりなどが並び、ます寿しは「特別なお土産」になっているのが業界全体の課題ともいえるでしょう。せきの屋では一切れ200円でます寿しを提供し、お茶と一緒に店内で食べることができるスペースを設けています。家族で守り続けてきた優しい味わいのます寿しを「もっとたくさんの人が気軽に味わってほしい」と日々、知恵を絞っています。



株式会社 せきの屋
富山市七軒町411
TEL:076−432−8448
営業時間 7時半〜18時 (なくなり次第終了)
定休日 水曜日

●主な歴史
明治11年(1878年)初代前川伝仁右衛門が富山城内を流れる助作川と外門の助作門にて川魚屋を構える
明治36年(1903年)2代目兼次郎が代表になり、ます寿し、鮎寿しなどに力を入れ、現在の基礎を作る
大正3年(1914年)3代目辰治郎が代表になる
昭和11年(1936年)4代目美信が代表になる
昭和21年(1946年)戦災から復興し、仮店舗で営業を再開する
昭和45年(1970年)5代目雅美が代表になる
昭和50年(1975年)資本金1000万円に増資
昭和51年(1976年)店舗事務所を新築
平成5年(1993年)富山市七軒町へ本社工場を新築