会報「商工とやま」平成30年6月号

特集
「健康経営」に取り組みとやま健康企業≠目指そう


 「健康経営」という言葉をご存じでしょうか? 事業主が従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する取り組みです。全国健康保険協会(協会けんぽ)富山支部では、事業主が従業員の健康づくりに取り組むことを宣言(とやま健康企業宣言)すると宣言証を交付し、続いて取り組みに応じて認定(Step1、Step2)する事業を展開しています。事業所の成長が従業員の健康とどうつながっているのか、協会けんぽ富山支部長の松井泰治さんと、企画総務グループ長補佐の潟渕洋生さんにお話を伺いました。

採用に企業イメージは重要


 「健康経営」は、しばしば「健全経営」と誤解されることがあります。健全経営とは財政上、無理なく法人が運営されているかという意味です。一方、健康経営は、事業主や企業が「従業員は財産である」と考え、従業員全員の健康に配慮してそれをバックアップしていくことであり、協会けんぽ富山支部ではこの取り組みを支援しています。松井さんは「まず、健康経営を目指す理由を知ってほしい」と話します。

 事業主は従業員の健康を願っているはずです。しかし、慢性的な人手不足のため、つい従業員に無理を強いてしまうことがあるかもしれません。ただでさえ人手不足の現在、世間でよく耳にするブラック企業という悪評が立ってしまうと人が集まらないのです。今の時代、働き方や従業員の健康に配慮した企業でなければ、就職を希望する若者から支持されません。

 「私たちが若かったころは、海外赴任や首都圏での勤務に憧れ、ハードワークも進んでやるのが美徳とされました。しかし最近、若者はもちろん、親も会社の姿勢を厳しく見定めるようになりました。働き方改革が求められる今、企業イメージは重要です。そういう中で、就職活動中の学生が『御社は健康経営に取り組んでおられますか?』と聞いてくるケースも増えています」

 大手広告代理店の若い女性社員が激務などを理由に自殺したことも、社会への問題提起となっているからなのかもしれません。


18項目にチャレンジ


 事業所の健康経営を支援するため、協会けんぽ富山支部は、「とやま健康企業宣言」を推進しています。どんな取り組みかというと、事業所はまず「Step1」の応募用紙を同支部へ送ります。この際の必須条件は、@健診の100%受診、健診結果の提出、健診の必要性周知、 A再検査等が必要な人を受診させる、B健康サポート(特定保健指導)を受けることです。取り組みはさらに続きます。松井さんが詳しく解説してくださいました。

 「これらの必須項目を含む18項目(次ページのチェックシート)にチャレンジしていただくわけですが、最初に協会けんぽの担当者と保健師等が訪問し、全従業員の健康状態を『見える化』できるツール『事業所健康度診断』を用いて課題を指摘させていただきます」

 このツールは富山支部独自の形式で、対象となる事業所の従業員の健康診断についてのデータを個人が特定されないように配慮したうえで解析し、健診受診率をはじめとしたデータをグラフ化するもので、同じ業態や支部の平均値と比較できます。グラフなどで分かりやすく構成した資料を示して事業主や人事担当役員と従業員の健康状態について説明するそうです。

 「多くの事業主さんは愕然とされます。思った以上に従業員の検査結果が悪かったり、健診や再検査等を受けていなかったりするのです。そこで、私たちはメタボ対策や、分煙・禁煙対策などの助言をし、希望があればセミナーも行います。また、対象となった従業員個人には生活習慣改善のための健康サポートを受けてもらい、食事や運動などの改善策を提案します」


優良企業認定でPRにも


 富山県はメタボリック症候群の人が他県に比べて多いそうです。車での通勤が多く、体を動かす機会が少ないことや、共働きが多いため食卓に出来合いのお惣菜(味付けが濃いものが多い)が並ぶことが多いためではないかと考えられています。また、インスタントラーメン(塩分が高い)の消費率も高いそうです。松井さんは、事業所レベルでどんなことをしていけばいいかについて教えてくださいました。

 「従業員の皆さんに運動習慣をつけてもらうためには、例えば会社で万歩計を全員に配布したり、リレーマラソンに会社一丸で参加することなどがお勧めです。また社内に血圧計や体重計を置いたり、自動販売機には飲み物のカロリーを表示させたり、お茶や無糖のものに変えたりするなども効果的でしょう」

 協会けんぽが作成したとやま健康企業宣言のチェックシートは点数制で、達成基準の80点になるよう当協会がサポートします。Step1をクリアした後は、よりきめ細やかな健康づくりの取り組みが必要となり、メンタルヘルスなどにも深く取り組むStep2に進めます。こちらも80点に達すると認定証が贈られます。

 このようにして健康経営を達成できた場合、その成果が公表されます。県は平成30年度から優秀な企業を選定し、地元テレビなどのマスコミを通じてPRすることになっています。また国は、経済産業省が「健康経営優良法人認定制度」を同28年度から設けており、こちらもホームページ上で公表されますので、企業にとっては大きなイメージアップになります。


「やれることから」


 協会けんぽ富山支部は平成28年9月、富山県商工会議所連合会(県内8商工会議所)と健康づくりに関する連携協定を結びました。松井さんは、健康経営がなぜ必要なのかについて、より踏み込んで話してくださいました。

 「健康経営に取り組んでいない企業は、どうなってしまうのでしょうか。まずは従業員が病気で休んだら、生産性が落ちてしまいます。従業員が無理をして出社しても、生産性は落ちます。これらは業績悪化に即、結びつくのです。また従業員だけでなく、被扶養者が病気になると、支えられて働いてきた従業員のパフォーマンスも落ちてしまいます。看病や介護の負担は計り知れません」

 健康経営に取り組むことによって、若者の企業に対する評価が上がり、優秀な人材が入って来ると期待できます。また、取引先からも高く評価されます。松井さんが事業主と面談すると、10人中10人が健康経営の趣旨に賛成されるそうです。しかし、何をどうしていいかはすぐに思いつかないとのこと。

 「とにかく、やれることからやってください。大きく改善しようと思ってもなかなか難しいからです。重要なのは社長の強いリーダーシップだとお伝えしています。

 従業員が健診を受けて、要再検査や健康サポート対象者だと言われているのを知っていても、個人のプライバシーに介入してはいけないという考えから、再検査などに行きなさいと言ってはいけないと思っている事業主が少なくありませんが、これは大きな間違いです。本人に再検査に行きなさい、健康サポートを受けなさいとはっきり言ってください、と助言しています」


高齢者医療費の抑制にも


 協会けんぽがなぜ、事業所の健康経営の取り組みを支援するかについても、理解を深める必要があります。協会けんぽは、主に中小企業で働く従業員とその家族など約3850万人が加入する国内最大の医療保険者で、中小企業の多くが加入しています。大手企業は通常、社内に健康保険組合を構成していますが、最近はそれを解散して全国健康保険協会に入ってくるところも少なくないそうです。潟渕さんは協会けんぽの収支について話してくださいました。

 「収支の内訳を見ると、収入の約9割弱が加入者の皆さんと事業所からお預かりする保険料で、約1割強が国庫補助です。支出は半分強が医療給付。次に多いのは高齢者医療制度への拠出金などで、4割近くにのぼります。

 皆さんは、国民皆保険制度を水や空気のようにあって当たり前に思っているかもしれませんが、現在この制度は危機に瀕していると言っても過言ではありません。人口が減少して経済が停滞し、高齢・少子化が進行すると高齢者医療制度への拠出金などが増えていき、これを支える現役世代の負担が更に重くなるからです」

 すべての企業が健康経営を実践することは、働く世代の一人ひとりが健康になって医療費の抑制につながり、ひいては、それぞれが将来に元気な高齢者として日常生活を送ることができるということでもあるのです。


仕事も健康も第一で考えて


 潟渕さんは「とやま健康企業宣言のStep1にまず名乗りを上げてください」と呼びかけます。

 「初めは点数が低くてもいいのです。そこからの改善策は、協会けんぽがサポートします。大切なのは、事業主が従業員の健康に関心を持つことです。もし健診に引っかかっていたら、『再検査に行ってきなさい』と声をかけて、後日、行ってきたかを確認してください」

 大企業では社内に産業医を置いており、すぐに相談が可能ですが、中小企業ではそこまで環境が整っていません。協会けんぽでは、事業所と連携し、「要再検査」などが出た従業員が確実に受診してもらえるようにしてほしいと考えています。

 とやま健康企業を目指すに当たり、事業所が抱える課題はそれぞれ異なります。オフィスワークが中心か、外回りが中心かで違うし、同じ業種でも職場の環境は異なります。そのため、協会けんぽはそれぞれの課題に応じた支援をしていくそうです。

 「従業員は財産です。それをわかっている事業主でなければいけません。富山の人は基本的に真面目で仕事第一。健康は第二になってしまっていますがそれではいけません。仕事も健康も第一で考えていただきたいです」

 人材は「人財」と、よく言われます。人を大切にする企業・事業所が、優秀な新人を確保でき、離職を防ぎます。また、健診の実施とフォローなど、行き届いた目配りによって有能な人材が第一線から離脱しないようにすることができます。「健康経営」に取り組むことで、従業員の健康の維持・増進とともに会社の生産性向上の実現を目指しましょう。


※「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。


全国健康保険協会(協会けんぽ)富山支部
富山市奥田新町8-1
ボルファートとやま6階 TEL:076-431-6156
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/shibu/toyama/


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