会報「商工とやま」平成15年6月号

立山と富山(21)

冷光の立山 鏡花の立山

立山博物館 顧問  廣瀬  誠(元県立図書館館長)


 大井信勝は明治18年常願寺村(現・富山市水橋)の農家に生まれたが、父は数ヵ月前すでに死去。母もまた信勝が小学校3年のとき死去し、親戚の手で育てられたという不幸な境遇であった。(越中第一の俳人・浪化上人が生前父をなくし、母も浪化6歳のとき死去した。同じような境遇であった)。
 信勝が幼時、母から寝物語に語り聞かされたのは郷土の昔話、とりわけ少年・佐伯有頼が熊と白鷹に導かれて立山を開いた話であった。
 信勝は長じて自分が母親の役をして子供たちに童話を語り聞かせようと決意し、童話家になった。
 信勝の心にはいつも立山の雪がきらめいていた。それで立山の意をこめて冷光と号し、みずから山岳宗徒と名乗ったほど山に心魂をささげた。
 冷光は立山開山伝説の有頼少年像を建立して、郷土の少年少女の魂を清く美しく強く育てることを発願し、有頼会を結成した。
 冷光は自作自演の童話を子供たちに語り聞かせ、全国各地に奔走しつづけたが、過労に過労を重ね、大正10年、神奈川県逗子小学校で童話口演中倒れ、35歳の若さで急死した。有頼像の建立も挫折した。(冷光の遺願は死後80年を経て実現し、平成12年呉羽山上に建立された)
 清純一すじの冷光と対照的な存在は泉鏡花。鏡花は明治6年、金沢で生まれた小説家。富山県を舞台とした作品もかずかず作ったが、その作品にはいつも怪奇趣味がつきまとっていた。
 鏡花の名作「黒百合」は東四十物町に住む富山県知事(架空の人物)の娘・勇美子が主人公。勇美子はかねがね立山に咲く黒百合を手に入れたいと熱望していた。
 総曲輪の町はずれに「湯の谷」という所があって、ものすごい音が響いている。これは立山地獄谷の音と神通川の音がひとつになって響いてくるのだという。ここに花売娘が住んでいた。
 神通川支流の奥に「石滝」という魔所があって、そこへ足を踏み入れると大洪水が起こると恐れられていた。
 湯の谷の花売娘が石滝へ踏み込むとはたして神通川は大氾濫した。濁流押し寄せ、総曲輪も桜木町も四十物町も水浸しになった。花売娘も溺死した。
 翌朝、うずまく濁浪にもまれながら流れてくる一本の花があった。勇美子は目ざとくこれを見つけ拾いあげた。それこそ勇美子が熱望していた、不思議の花・黒百合であったという。
 立山の花が神通川の洪水に流れ出るのは、地理的には不自然だが、とにかくこの作品では立山と神通川と富山の町が不可分に組み合わされ、鏡花の神秘感満々たる文筆でいろどられていたのであった。


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