この民謡は、江戸時代全国に口説を広めた越後の瞽女(ごぜ)達により伝えられ、それを地元の先名米次郎・中村重次郎両名により、毎年お盆になるとお寺やお宮の境内で、笹や扇やちょうちん等を持ち、祖先の御霊を祈り、豊年を祈願して踊り明かしたのが始まりです。
激しい音頭のリズムに合わせて踊るこの踊りは、まるで極楽蝶が舞うかのようで、その名前がついたと伝えられている。
また、昭和21年、富山県民謡大会において、村木火の宮青年会が出場(県庁内)、当時の民謡研究家、町田嘉章先生がせり唄と瞽女唄の口説を合わせ、せり込み蝶六と命名されたと言われています。
その後、時代の移り変わりとともに、舞台用踊りに変化し、現在に踊り継がれている。
せり込み蝶六保存会は、昭和21年11月に発足して以来、全国各地に出演し、数々の賞を受け、その間、三味線、胡弓、太鼓も加わり、情緒豊かな民謡として、富山県の代表的な民謡の一つにあげられている。 −文 宮坂彦成−
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