高岡市の偉人

たかみねじょうきち

高峰 譲吉

嘉永7年(1854)〜大正11年(1922)

世界的な化学者であり、起業家。日米友好の架け橋となる

高峰譲吉は、1854年、現在の富山県高岡市御馬出町で生まれました。
12歳の時に、長崎に留学して英語を学び、また、京都や大阪では化学を学びました。1879年、工部大学校化学科(現在の東京大学工学部応用化学科)を首席で卒業すると、イギリスへ留学。帰国後。農商務省に入省します。1884年には、アメリカニューオーリンズで開催された万国工業博覧会に派遣され、後に妻となるキャロライン・ヒッチと出会っています。
1894年、デンプンを分解する酵素であるジアスターゼを植物から抽出し、「タカジアスターゼ」として販売し、好評を博しました。
また、アドレナリンの抽出にも挑み、1900年に結晶抽出に成功しています。
高峰博士は、化学的な業績だけでなく、日本人とアメリカ人の親善を深めることにも力を注ぎました。日本から桜の苗木を取り寄せて、ワシントン市ポトマック河畔に寄贈し、今は桜の名所となっています。
博士は、「無冠の大使」としても、多くの功績を残しています。

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松楓殿 再現展示(高岡商工会議所内)

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タカジアスターゼ、アドレナリン

[ゆかりの地]
高峰公園、たかしん高峰記念館、高岡市立博物館、金沢ふるさと偉人館、関西電力「黒部川電気記念館」
[参考文献]
高峰譲吉 生誕150年記念展図録(生誕150年記念展実行委員会発行)2004年
[その他特記事項]
高岡市立博物館に高峰譲吉常設展示
高岡商工ビル内に「松楓殿松楓の間・中二階」再現展示
高岡信用金庫「たかしん高峰記念館」