「商工とやま」H16年7月号
特集

富山弁をもっと語ろう、見直そう!
富山弁は地元が誇る“生きた文化財”

 方言は地域固有の言葉であり、地域の生活文化や風習に深く根ざし、そこに住む人々のアイデンティティや郷土愛が育んだもの。現在、富山商工会議所が推進している「富山市価値創造プロジェクト」でも富山弁の良さを見直し、県外からの来訪者を富山弁でおもてなししていこうと呼びかけています。今回はそんな富山弁を特集。方言研究家・蓑島良二さんのお話や、県外出身者の声なども交え、富山弁の特徴や魅力に迫ってみました。


◆生活や風習に根ざした富山弁

■希薄になりつつある方言

 テレビやラジオが普及していなかった時代、言葉はすべて家庭や学校、地域社会との関わりの中で教わり、習得するものでした。だからその言葉は地域で培われた方言が中心。富山県には富山県の人だけが話す富山弁があふれていました。

 しかし早朝から深夜までテレビから共通語が流れている今は、家の中に東京の人が一緒に住んでいるような状態。昔ながらの富山弁が薄れてきており、若い人たちの中には富山弁を話さない人も増えているようです。


■コミュニケーションの潤滑油として

 このように時代と共に影が薄くなりつつある富山弁ですが、富山県民が暮らしの中で育んできた富山弁を使うことによって自分の思いがより深く相手に伝わり、相手の感情をデリケートに感じ取ることができるものです。

「遅れて、かんにえ〜」「な〜ん、つかえんちゃ〜」

 こんなやりとりを聞くと心がふっと安らぎ、親しみを覚える人も多いはず。また、観光客など初対面の人と最初は共通語で話していても、話が弾んできたり、酒や肴を囲んで一杯飲む時になれば富山弁はまさに相手と親しくなる武器。それまでの緊張感がほぐれ、リラックスした会話が弾みます。また幼なじみの親友と腹を割って話をする時もやはり、富山弁がしっくりきます。そんなコミュニケーションの潤滑油でもあります。


◆東西文化の境界にある富山県

■富山は東西方言の分かれ目

 富山県という地域は言葉の東西対立を知る上で、非常に注目されるところだといわれています。富山県は日本列島のほぼ真ん中にあり、東西方言の境界に位置づけられているからです。

 全国の方言は西日本方言、東日本方言に大きく分けられますが、富山弁は奈良や京都など、かつての「都言葉」の影響を受けた西日本方言が基本となっています。言葉の語尾やアクセントはどちらかといえば関西風。例えば「買った」ではなく「買うた」、「いる」ではなく「おる」、「いい天気だね」ではなく「いい天気やね」という具合です。


■フォッサマグナのごとく日本列島を分断

 この東西方言の境界線は富山県と新潟県の県境にある親不知のあたり。そういえば東京から富山へ戻る際、新幹線から在来線に乗り換えると共通語が聞こえなくなり、馴染みのある富山弁が聞こえてくるのも「なるほど」と頷けます。ちなみにこの境界線は糸魚川から静岡を縦断するフォッサマグナと並行するように中部地方を南下し、静岡県の浜名湖あたりを結んでいるといわれます。

 ある資料によれば、明治30年代後半、文部省の国語調査委員会が標準語を作るために全国の方言を調査したことがあり、「全国の言語区域を東西に分ける時は越中・飛騨・三河の東境を線で結ぶとよい」という報告が残っているそうです。


■東西が融合してできた「しょっからい」

 しかし一方で、富山弁は東日本方言の影響も受けています。使い方はそのままだったり、一部融合されていたり。これは藩政時代、参勤交代や北前船、売薬の行商などで関東地方との交流が盛んだった県東部の人たちの言葉に、東日本の方言が入り込んだものだと分析されています。

 富山でも呉羽山を境にして、西の呉西では「そうやね」と言いますが東の呉東では「そうだね」、あるいは少々富山風にアレンジされ「そうだちゃ」と言う人も多いようです。

 また、食べ物の塩味が強いことを関東では「しょっぱい」、関西では「塩からい」とか「からい」と言いますが、富山では「しょっからい」と言う人が多数。これは関東と関西の言葉が混ざり合った富山弁といえます。

 このように、大きく括るなら西日本方言の最東端、しかし東日本方言の影響も多少受けているというのが富山弁の実態のようです。


◆人情のある県民性の発露 「られ」言葉

■接客言葉にも富山弁を使いたい

 方言研究家で知られる蓑島良二さんにお話を聞く機会がありました。

 「都会から地方に来る人たちは自分たちが住む都会にないものを求めてきます。それは豊かな自然であったり、温かい人情であったり、郷土料理だったりしますが、方言もその一つ。その地方にしかない特徴です。富山弁を使ったおもてなしは温かく、思いやりの心が伝わると思います」と話されていました。


■「られ」には親しさ・優しさの意味がある

 また蓑島さんは富山弁の特徴である「〜られ」について興味深い分析をされました。「行ってこられ」「休んでいかれ」など語尾に使われる「られ」は、頻繁に使われている富山弁ですが、初めて耳にする人には多少、命令口調に聞こえる言葉です。でも実はこれは尊敬や親愛の意味をもつ古語の助動詞「れる」「られる」の命令形。江戸時代まで全国的に使われていたのですが徐々に消滅し、今は富山と岡山の一部にだけ残っている言葉なのだそうです。

 「この語形には親しみやねぎらいの気持ちを込めてしゃべっている内容が多いと思います。他県で消滅した『られ』が富山で『食べられ』、『気ぃつけられ』と残っているのは、相手を思いやる気持ちや温かい県民性の証明。私が一番好きな富山弁です。これは当分、消えないと思いますよ」と蓑島さん。


◆富山弁で地元をアピール

■教育やビジネスの場にも方言を

 蓑島さんは富山弁を話す場をもっと増やしたいと話しておられます。大門町の小学校で富山弁を取り入れた授業を実践したという事例では、富山弁を「普通の言葉」という呼び方で1年間、授業を行い、その成果として4年生100人で方言劇を発表したそうです。生活に根ざした言葉で会話し、授業をしたことで、児童と先生に今まで以上の信頼関係が育ったそうです。

 また、富山市内のある贈答品店と和菓子店が共同で富山弁とその意味が印刷された包装紙を製作。結婚式の引き出物の包装などに使って他県から出席した県出身者の人たちに喜ばれたという例も紹介され「商品のネーミングに富山弁を使ったものは結構ありますが、もっともっとアピールしていってほしいですね」と話されました。

■堂々とした田舎者に

 ある地図会社の調査によると、各県の認知度調査で富山県はいまひとつ。お隣の新潟県が第4位、石川県が11位なのに対し、富山県は34位。両県に挟まれ、まだまだ印象の薄い県なのだそうです。

 「去年、佐賀県の歌がヒットしたように、印象の薄さや田舎ぶりを逆手に取ったアピールに富山弁を使ってみてもいいのではないでしょうか」と蓑島さん。

 大分県や山形県では「方言大会」を開催し、イベントとして定着させているそうですが、富山でもそういった仕掛けづくりを考えてみるのもいいかもしれません。

 また先日の新聞の投書欄には「堂々とした田舎者でありたい」というメッセージがあったそうですが、私たち富山県民もしかり。富山弁は富山に暮らす私たちのかけがえのない財産です。堂々と使いこなし「富山ちゃ、ほんまにいいとこやよ〜、一回来てみられ」と、積極的にアピールしていきたいと思います。


■県外出身者からみた富山弁

T・Aさん 男性(千葉県出身)

●富山弁の第一印象は?
 「〜ちゃ」、「〜られ」など親しみが持てるものが多い。
●面白いと思った富山弁は?
 「きときと」は特徴的。
●理解できない、勘違いしたことは?
 解らない言葉は会話の前後のニュアンスで理解することあり。「なな」「な〜ん」の意味は未だに解らない…。
●方言は好きですか?
 地域性が感じられる言葉は残っていったらいい。
●富山弁は習得しましたか?
 理解はできるが使うのは難しい。小学生の子供はマスターしているようです。

T・Kさん 男性(石川県出身)

●富山弁の第一印象は?
 いいですね。使えばコミュニケーションが円滑になるし。
●面白いと思った富山弁は?
 「ほんながやちゃ」
●理解できない、勘違いしたことは?
 「ほんながやちゃ」が「ながえちゃん」に聞こえ、「ながえ」という人のことを言ってるのだと思っていた。
●方言は好きですか?
 好きですね。
●富山弁は習得しましたか?
 「ほんながやちゃ」はマスターしました!

K・Wさん 女性(東京都出身)

●富山弁の第一印象は?
 コミカル。相手を思いやる表現が多いと感じました。
●面白いと思った富山弁は?
 「だちゃ」「しられませ」「せんまいけ」「かっつける」「ありがとうえ〜」
●理解できない、勘違いしたことは?
 上司があるお客様を見ながら「あのっさんに伝えといて」と。私には「あのオッサン」と聞こえ、遠慮がちに「オッサンはちょっと失礼じゃないでしょうか…」と言ったらキョトンとされました。
●方言は好きですか?
 守り伝えるべき大切な文化だと思います。
●富山弁は習得しましたか?
 リスニングはOK。スピーキングはまだまだ。

M・Iさん 男性(静岡県出身)

●富山弁の第一印象は?
 やや、つっけんどんな印象。
●面白いと思った富山弁は?
 「〜ちゃ」「〜がけ」
●理解できない、勘違いしたことは?
 質問されているのに気づかないことがありました。
●方言は好きですか?
 地域固有の文化として大事ですが、正確な意思疎通には共通語も習得するべき。
●富山弁は習得しましたか?
 聞き取りは随分上達しました。

T・Bさん 男性(新潟県出身)

●富山弁の第一印象は?
 かわいらしくて親しみがある。
●面白いと思った富山弁は?
 「〜が」の使い方は新潟の長岡弁とほぼ同じだと思った。
●理解できない、勘違いしたことは?
 来県直後、お年寄りに話しかけられ、話の3%ぐらいしか理解できなく対応に困った。
●方言は好きですか?
 基本的に好きですが関西弁は苦手。
●富山弁は習得しましたか?
 聞くのは大丈夫ですが、自分では話せません。

 以下の会話のように普段何気なく使っている“富山弁”皆さんもいっぱい使うと、あったか〜い気持ちになれますよ。

【なーん(いいえの意味)編】
A:「今日のテストどうだった?」
B:「なーん、全然わからんだ」

【憂い(ウィ)(わずらわしい、つらい)編】
A:「あ、このお菓子食べる?」
B:「なーん、いいっちゃ。昼食べ過ぎて、腹うぃから」

【しょわしない(落ち着きがない・忙しい)編】
A:「あの子は、落ち着きがないねぇ」
B:「ほんとにしょわしない子やねぇ。忙しい日ながに、余計しょわしななるわ」

【つかえん(構わない)編】
A:「電話貸してください」
B:「つかえんよ〜」
A:「え?使えないんですか」

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