「商工とやま」H17年2・3月号

特集 新・富山市いよいよスタート!

◆海から山まで、県庁所在地で全国2番目に大きな市が誕生!

 来たる4月1日、富山市・大沢野町・大山町・八尾町・婦中町・山田村・細入村の7市町村が合併。 新・富山市として新しい地方自治体がスタートします。平成15年春の合併協議会発足以来、 行政サイドとしては度重なる協議や市民説明会など十分な準備期間を経て至った感のある合併ですが、 住民の中には「実際は何が変わるの?」「本当に合併する必要があったの?」といった疑問を抱いている方も多いのでは…?  そこで今回の特集は、目前に迫った新市の船出を前に、市町村合併の意義やメリット、 そして合併後の行政サービスなどについてレポートします。

明治、昭和、そして再度迎えた平成の大合併

○明治時代の町は徒歩で動ける規模

 わが国の市制・町村制がスタートしたのは明治22年のこと。それ以前は江戸時代から大きな城下町や門前町を形成していた地域を除けば、明治維新を機に小規模集落がそのまま町や村になったという状態でした。

 しかしこれでは戸籍の管理や徴税などが行き届かないため、明治22年、市制・町村制を導入。約300戸〜500戸を基準とした町村合併が行われました。いわゆる「明治の大合併」です。これによって7万以上あった町や村が1万5000まで減りました。役場の規模は公民館レベルで、交通手段のない時代、住民が歩いて行ける範囲に役場を置いたというイメージでした。


○人口8000人を基準とした昭和の大合併

 そして戦後、新憲法において地方自治の本旨が明記され、翌年、地方自治法が制定。消防や社会福祉など、市町村の事務が大幅に増加したため、これらをスムーズに行うことを目的に昭和28年の町村合併促進法に基づく昭和の大合併が行われました。

 町の規模は人口8000人が基準。新制中学校一校が運営できる規模と言われています。住民の生活圏が徒歩エリアから自転車エリアに拡大したことへの対応といえるでしょう。これによって全国の市町村数は約3500にまで減少しました。


○「平成の大合併」は平成7年の論議から

 昭和28年から36年までの「昭和の大合併」で全国の市町村数が3分の1になった後、合併は下火になっていきます。「昭和の大合併」が国の施策によって強制的に行われ、しこりや対立を残してしまった場所が少なくなかったため、それ以降の合併は慎重にならざるを得なかったようです。事実、昭和40年代以降平成10年頃まで、合併で減った市町村は全国で200件ほどしかないそうです。

 そんな時代を経て合併問題が急浮上したのは、本格的な地方分権論議が始まった平成7年。「住民にとって身近な地方自治体に事務や権限を移譲するため、相応の“受け皿”を整備することが必要」という論議が活発になり始めました。そんな論議の中で、スケールメリットを生かし、それなりの体力をもった行政基盤が確立できる市町村合併は、その最も有効な手段だったのです。

 平成11年7月には合併特例債の発行などの優遇措置が受けられるよう「合併特例法」を改正。これを機に、分権型社会の構築に向けた「平成の大合併」が全国各地で本格化していきました。


合併の必要性を裏づける現実的な問題

○生活圏拡大に伴う広域化への対応

 近年の市町村を取り巻く状況には合併が必要な現実問題も多々ありました。1つ目は生活圏の拡大。クルマ社会やIT技術の発展などにより、通勤や通学、買い物、医療などの住民の日常生活圏や経済圏が、市町村という行政区域を超えて大きく広がってきました。このため、市町村としてはより広域的な視点に立ち、市民の生活実態に即した行政サービスを提供していくことが求められています。

 

○少子・高齢化と人口の減少への対応

 2つ目は今後さらに進展していく少子・高齢化や人口の減少。これは就労人口の減少、イコール税収入の減少を意味しています。もう、税金がたくさんある時代はやってこないのです。そんな中で特に懸念されるのが高齢者の増加に伴う医療や福祉などのサービス。このニーズに適切に対応していくためには、市町村の行財政基盤の強化が急務なのです。

 これには市町村合併を行うことで行政の枠を広げ、できるだけ多くの住民のできるだけ軽い負担によって医療や福祉サービスを支えていくことが求められているのです。


○国・地方の厳しい財政状況への対応

 そして最も深刻な問題が国と地方の財政状況です。わが国は長引く景気の低迷から、社会資本の整備や減税などを柱とする経済政策を実施したことによって現在、大変厳しい状況にあります。それでも国は、地域格差を縮めるために小規模市町村に多大な補助金や地方交付税を交付してきたのです。

 小泉首相が打ち出した「三位一体改革」はこうした国と地方の財政関係を改善しようというもの。これによれば税源移譲が一部実現するものの、地方交付税の抑制、補助金の削減が進み、地方財政は今後さらにひっ迫することが予想されます。

 こうした厳しい展望の中、住民の負担を増やさず行政サービスを現状維持、向上させていくには早急に市町村合併を行い、効率的な行財政改革を推進し、安定した財政運営を保っていくことが必要なのです。


7市町村の広域連携が実現させた新設合併

○全小学校区でタウンミーティング

 今回の富山地域の場合は平成15年4月、富山市、大沢野町、大山町、八尾町、婦中町、細入村の6市町村で富山地域合併協議会が発足(同年6月、山田村が加入)し、7市町村による具体的な協議など、合併に向けた取り組みをスタートさせました。

 富山市では同協議会発足前の平成14年4月から、森市長が自ら市内全小学校区を巡るタウンミーティングを開始。市民からの意見や要望を聞きながら準備を進めていきました。

 合併協議も大詰めを迎えた昨年夏には関係町村において住民投票やリコール運動が起こるなどの紆余曲折もありましたが、最終的には県議会の議決、知事の決定を経て昨年12月合併決定書を公布。今年1月官報に告示され、4月1日の合併を迎えることになりました。


○足並みを揃え、同じ立場で合併へ

 市町村合併には「新設合併」と「編入合併」の2つの方式があります。「新設合併」は数市町村が対等な立場で合体し、新しい市町村になること。「編入合併」はある市町村に他の市町村が編入され新しい市町村になることです。今回の新・富山市は「新設合併」。名称が富山市のままであることから「編入合併」、あるいは「吸収合併」と捉えている人もいるようですが、富山市はこの新設合併によって市の法人格を一旦消滅させます。

 富山市にとって、これは大きな決断でしたが「7市町村が同じ立場で新市をスタートさせたい」という富山市の思いが選んだ決断。別の表現をすれば、歴史的な沿革や地の利、行政サービスの面で既に広域連携が確立していた地域が、有利な制度に乗って合併した「自然合流型」と捉えてもいいでしょう。


○富山市は都市計画税が引き下げ

 さて、合併が決まり、住民にとって気になるのが行政サービスや税金などの取り扱い。これまでとどう変わるのでしょうか。

 基本的には富山市の税制が基準になっているので旧6町村には段階調整や変更がありますが、現在の富山市民にはほとんど影響がないようです。主なものとしては固定資産税率が18年度から富山市の1・40%に統一、旧6町村は引き下げになります。事業所税は現行の富山市の税率で課税し、6町村の区域については段階的に課税しながら平成22年度までに統一していきます。唯一、変わるのは都市計画税。富山市の税率は0・3%から0・25%に下がります。

 このほか、事業者に関係の深い「中小企業向け融資制度」や「信用保証料助成制度」などは各市町村それぞれ条件が異なりましたが、合併後は現富山市の制度に統一されます。


川上から川下まで、広域的な共生と開発を推進

○森を育て、平野を守り、海を守る

 新市は標高3000メートル級の山々から富山湾まで、神通川と常願寺の川上から川下までの流域に広がる市町村が一つになります。これは県庁所在地で第2位の広さ。全国屈指の広域都市が誕生します。

 ですから新市のまちづくりは「広大な一つの流域」という考え方がポイントとなります。水源涵養機能や防災機能をもつ上流の森林がしっかり守られてこそ、平野に住む人々の暮らしが守られるということ。森林が豊かなら、雨水がしっかり濾過され、澄んだ水となって川から海へと運び込まれ、富山湾でおいしい魚が育つということも言えそうです。


○回遊型観光ゾーンの整備、開発

 広域的な観光開発も期待できます。新市は、山間部ではスキー場やゴルフ場などのアウトドアスポーツ施設や温泉施設、街中では「チンドンコンクール」や「富山まつり」、そして八尾や婦中では「おわら風の盆」や「曳山祭」、「ふちゅう曲水の宴」など、集客力のある祭りやイベントがあり、ホテルや民宿など、滞在型観光の受け皿も揃っています。

 新市発足後はこうした多彩な観光地、観光要素を結びつけ、一大観光ゾーンへと発展させていくことも考えられます。そのためには各地域の相互連携、情報共有、さらには各地を有機的に結ぶ道路などの整備が必要です。今後は新市が一つになり、長期的、広域的な視野に立って「回遊型観光」の開発を進めていくことができれば、近い将来となった北陸新幹線の開業と同時に、全国の観光客を呼び込んでいけるのではないでしょうか。


合併は到達点ではなくスタート地点

○個性や地域の差があってこそ

 「7市町村の皆さんにはこの合併に対する期待もあると思いますが、合併の効果はすぐに出るものだけではありません。これからの地方自治の担い手は住民です。行政と市民が一緒になって自分たちの住みたいまちをつくっていくことが大事。それにはもっと自分のまちに愛着をもってもらいたいですね」(富山県経営企画部市町村課 高野博之さん)

 平成の合併に求められている地方分権社会の地方自治は「自己決定」と「自己責任」に基づいたまちづくり。これまでは全国的な均衡ある発展が重要視され、どの市町村にも同じような公共施設が建ち、同じようなサービスが提供されてきました。

 しかしこれからは住民が自分たちの力でまちを作り上げていく時代。限られた予算の中で「あれも、これも」整備するのではなく、各地域の強いものを特化し、伸ばしていく考え方に切り替え、それぞれの個性を生かしたまちづくりを進めていくことが望まれます。


○「協働」でまちをつくりあげていく

 新市になったからといって、何もかもが統一されるわけではありません。農村部に住む人と中心部に住む人では元々、生活時間帯もゴミの中身も出し方も違うことでしょう。そういったそれぞれのライフスタイルや固有の特性を生かしながら、ともに理解し合い、協力し合いながらつくっていくのがこれからの新市の姿なのではないでしょうか?

 「合併はゴールではなくスタートです。行政、住民、それから企業やNPOなどが連携し、協働参画しながら、それぞれの個性を有機的に結び付け、住んで良かったと思えるまちをつくっていけたらいいですね。我々、行政はその仕掛けづくりに一生懸命努力していきたいと思っています」(富山地域合併協議会事務局長 阿部秀邦さん)


○今年のキーワード「拡大」にのっとって

 今回の合併により富山市の区域が拡大するため、富山商工会議所に求められることも質・量とも違ってきます。例えば当所が進めている「富山市価値創造プロジェクト」も、新富山市の価値や価値資源、祭りやイベント等も増え、新しい視点からこのプロジェクトに取り組む必要があります。他方、新たに富山市に加わるそれぞれの地域の特性や事情も異なるとともに、商工会等の経済団体もありますので、互いに協力連携して新しい富山市実現に取り組みたいと考えます。

 これまでも、夏の「富山まつり〜佐々成政“鉄砲隊”富山城入城〜」では大山町や大山町商工会等と、冬の「ぶり・ノーベル出世街道祭り」では大沢野町や大沢野町商工会等と、それぞれ連携協力して、これらの広域イベントの円滑運営に取り組んできた実績もあります。

 当所の平成17年のキーワードは「拡大」。当所も新しいスタート地点に立った気持ちで、人や情報、経済などのネットワークを拡大しながら、新富山市の発展につながる各種の取り組みを進めていくことにしていますので、会員の皆様のご理解とご協力をお願いいたします。


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