「商工とやま」平成18年1月号

誌上講演会 YEGフェア2005ビジネスセミナー

◆誰でも最初はゼロからのスタート
  「喜びと驚きのある一〇一点のサービスを!」◆


インデックスデジタル株式会社 代表取締役 谷井等氏
 当所は、顧客満足を重視した経営方法「経営品質プログラム」導入を推進するなど中小企業の創業・経営革新の支援に取り組んでいます。
 当所青年部が平成17年9月3日に主管して実施したYEGフェア2005「学店」の成果発表会(於:富山国際会議場)において、学生時代に創業し顧客へのサポートサービスを重視した経営方針で知られ、現在も有数のベンチャー企業の代表であるインデックスデジタル株式会社谷井等氏の基調講演がありましたので、その概要をご紹介します(文責は編集部)。

 今日は富山商工会議所青年部の皆さんをはじめ学生の方々に、私が皆さんと同じ年代の時にどんな事を行い、何を考えていたかをお話をさせていただこうと思っています。


◆一冊の本と阪神大震災が人生の転機に

 私の実家は商売人で、小さな洋服屋を営んでいました。毎日、夜遅くまで仕事をし、食事の時も洋服屋の話しかしない両親の姿を見ながら、商売とはこういうものだと勉強しました。そんな時、ふと本屋に立ち寄り手に取った本が私の人生を大きく変えました。たしかタイトルは「20代、30代で起業した企業家たち」だったと思います。丁度今の私くらいの年齢で会社を経営している人達が二十人程紹介されていて「こんな若い人でも会社を経営できるんだ」と思いました。それから、いつかは自分も社長になり経営をしてみたいと思うようになりました。

 経営者になろうと考え続け大学の経営学部に入学しましたが、ゴルフ部に入ってゴルフ三昧。そのゴルフ部も2年生で辞め、その後、思い切りアルバイトしてお金を貯めて旅行に出る。お金がなくなる頃を見計らって大阪に帰り、再びアルバイトをするという生活を1年位送りました。そんな生活を送っていた時、阪神淡路大地震が起こりました。私が22歳の時です。

 1月17日の明け方飛び起き、その日の内に神戸へ、そこで友達が死んだことを知りました。その時は、本当に辛い思いをしたという気持ちと同時に「俺も明日死ぬかもしれん」と思いました。その時に高校生の頃を思い出して「(事業を)いつかはやろうと思うが、明日死んだらできへんかもしれんな」と思い、友達を集めて教科書のリサイクルという事業を始めました。


◆就職・退社 そして本格的な会社興しへ

 この事業は、学生が所持している教科書リストを作成し、安く流通させる事業でした。6,000人の学生が登録し約3万冊のリストができました。また、登録した学生達には、家庭教師の派遣を紹介するとか、アルバイトの紹介をしていました。この話がメディアに載り、ある社長から「谷井君この事業一生やるの?」と言われました。その時「一生やります」って言えませんでした。「一生やる気持ちのない事業は人に迷惑をかけるから止めときなさい。」と言われ、世の中を知るために就職を決意し日本電信電話株式会社(以下NTT)に入社しました。最初は支店勤務で電話回線の営業をしていました、その後東京の本社へ、インターネットのビジネスモデルを研究する事業に携わる部署に異動しましたが、やりがいを感じきれず、NTTを12月に辞めました。

 退社後しばらく家でノンビリしていましたが、父の洋服屋で働くことになり、何をやればよいのかと父に聞くと「1店舗赤字の店がある。方法は任せる。この店を黒字にしろ」と言われました。

 任された店舗は、見事にお客が入りません。そこで店の前を通る人を調査してみると20〜30代のサラリーマンが殆どだということがわかり、2,000万円位をかけ、格好よくて手頃なビジネススーツに商品を入れ替えを行い、内装も男っぽい店に改装して準備をしました。オープンした当日、大勢のお客様が入り、過去最高の売り上げを経験しましたが、周囲からはいわゆる「親の七光り」だと言われ、悔しい思いをし、後に会社を興すことになります。


◆プレハブ小屋でパソコン1台からスタート

 97年の4月、ついに友人と資金を出し合い合資会社をつくりました。ここからが私の人生の本当のスタートでした。プレハブ小屋にパソコンを1台おいて、メーリングリストを利用した広告媒体という事業を始めました。97年から99年まで、昼間は洋服屋をしながら、夜は12時頃からこの会社で朝5時まで働いて、2〜3時間仮眠を取り家に帰って、洋服屋の仕事をする。1日平均16時間から18時間くらい働く。これが3年間くらい続きました。


◆サービスは提供する側の心が大事

 私達3人で始めた会社は、技術力もないのに二年で業界トップになっていました。なぜか、私達が一番重視していたのは技術ではなくてサポートでありサービスであったからだと思います。昔のインターネットやパソコンのサービスクオリティはとても悪かった。そこで「101点のサポートを実現しよう」と言い続けていました。お客様の心を掴むのは技術ではなく、サービスを提供する側の一人一人の心だと思います。

 皆さんも「学店」で経験された販売活動では、いい笑顔で実施されていたと思います。私達が作りました。僕らが企画しました。ぜひ見てください。ぜひ買ってください。お客様も「この子らいい笑顔やな」と喜んで買ってくれたと思います。お金のことしか考えていない態度では、絶対売れません。

 
◆お客の期待に1点でも超える「101点のサービス」

 お客様が問い合わせをする時や買い物に来る時に、一定のレベルのサービスを無意識に期待しています。「101点のサービス」とは、お客様を驚かせるものを何か一つ、お客様が思っていらっしゃる満足度を超えることを、一点でもいいからやるということで、今でも続けています。

 会社は98年末でユーザー数10万人、99年末で27万人と増加しました。ファンクラブもでき、我々が行っていることと同程度のサービスレベルでクラブのメンバーがお客様サポートを行えるようにもなりました。その時、JAFCOというベンチャーキャピタルから「出資したい」と電話があり、とうとう我が社は人のお金で株式会社になることになってしまいました。


◆会社設立から一転、売却へ

 インフォキャスト社は2000年1月に設立し、オフィスの移転を経て従業員も増えていきました。一方で会社が急成長していると、発生する悩みもあります。特に「経営」が分からない。そこで家に帰って、大学時代の本を読む、大学時代同じ経営書を読んでいましたが、この悩んだ時期に読むとすらすらと頭に入ってきます。なるほどな!そういうことか。そして、一生懸命勉強しながら、学んだことを実際会社で実践しました。

 この会社は、インターネットバブルの象徴のような会社で、2000年の6月に最初の決算を締め、その第一期で株式公開することを、証券会社やベンチャーキャピタルから言われており、その方向で動いていました。

 方針は決めたものの「何で株式公開せなあかんのやろ」とすごく悩み始めました。株式公開するということは、不特定多数の人が我々の会社の株を買えるようになることです。その人達が買った株が下がったらご迷惑をかける。上がれば当然利益を生みますから良いのですが、下がるとプレッシャーになり、文句を言われる。我が社は、事業をスタートしてまだ間もなく、成功するのか失敗するのかもわからない。「誰が幸せになるんかなぁ」とよく考えると、会社を株式公開に導いて下さったベンチャーキャピタル、証券会社、監査法人、信託銀行です。これらの株式公開に必要な特殊会社が収益を上げるだけなんです。私は正直、株式公開したくないと思いました。

 その時、我々の競合であるアメリカのイーグループという会社がヤフーの子会社に買収されたというプレスリリースが手元に届けられました。日本で最もユーザー数の多いヤフーに我々と同じサービスが入ってしまうと我が社の存続にかかわる。すぐに取締役に電話をし、「こういう事態だ。私としては会社を売却する一回リセットするという方法をとりたい。」と、7人の役員全員に話をしました。明け方まで議論をしながら、次の日朝9時から緊急の臨時取締役会を開き、会社を売却するという方針を決めました。

 その後、投資家、株主に売却の方針を説明していきますと、買収や合併という申し出が幾つかの会社からあり、交渉を始め一番いい条件をご提示頂いたのが楽天という会社です。2000年の10月に株式会社インフォキャストは楽天に売却し、楽天の子会社となりました。プレハブ小屋で始めた創業メンバーの3人がこの段階でバラバラになりました。私はインデックスデジタル株式会社という今の会社を立ち上げ、それぞれが新しいスタートを切りました。


◆新会社「インデックスデジタル」を立ち上げ

 会社の一番いい姿とは、株式公開をする事ではなく、利益を出していけるキャッシュリッチな会社が一番幸せな会社ではないかと思います。例えばサントリーという会社があります。誰もが知っている大会社ですが、株式公開はしていません。株式公開をしなくても、十分な資金を持って経営できる体質は出来ます。

 一方で私はフォードという会社を素晴らしいなと思います。

 経営理論や数字で見るとトヨタの方が素晴らしいと思いますが、フォードを素晴らしいと思う点は、「大衆車」という概念を作ったことです。T型フォードという大衆車を得てモータリゼーションが生まれ、社会が変った。こんなに豊かで便利な暮らしができるようになった。

 私は、売上や利益がすごいとかではなく「この会社ってすごいものを作ったね」と言われるフォードのような会社をつくりたいと思って、インデックスデジタルという会社を作りました。


  ◆会社成功の鍵はやっぱり人

 企業が成功する鍵は絶対人だと思っています。従業員がいかに前向きにいきいきと働けるかだと思います。楽しいなと思う瞬間や必死になる瞬間、そういう瞬間を会社の中にたくさん作ることが企業成長の鍵だと思っています。

 我が社には「センスオブバリュー」(価値観)という憲法があります。親に言われてきた「嘘つくな、まじめに生きろ、目上の人には敬意を持って接しなさい、人のために動きなさい」など小学校で習ったことができているだけで、多分優秀なビジネスマンとして社会で認められるはずです。ビジネススクールに通ったとか、MBAを取得したとかは、全く関係ありません。

 もう一つの重要な価値観に「善循環のサイクル」があります。企業は営利団体で、仕事はお金儲けを追求することだと思われていますが、お金儲けを追求すればするほど儲からない。一時的に儲かる会社もありますが、長期的に見ると儲からない。

 私は「まずお客様を喜ばせよう」と言っています。お客様を喜ばせる、お客様に驚いてもらい、購入していただくと嬉しいし、それが会社の収益になる。その収益は従業員の生活の向上や会社の環境整備に使っていく。すると社員がもっともっとやる気になる。お客様のためにやっていこうという気になる。それを行っていくとまたお客様に一層喜ばれる。このサイクルをずっと回していくと、必ずお客様は広がっていきます。


◆学生や社会人に向けて

 社会に出て仕事と学校の一番の違いは何かというと、お金を払うかお金を貰うかなんです。社会に出るとアウトプットしろと言われます。 今までインプットだけでよかったのにいきなりアウトプットしろと。

 君だからこそできる仕事をやれといきなり言われる。常に言われる。悩むと思います。この会場に出席されている社会人の方も全員悩んでいます。そして、それを面白いと感じるか、苦痛と感じるかによって人生は大きく変わります。

 是非おもしろいと感じて仕事をしてほしいなと思います。ご清聴ありがとうございました。



<講師プロフィール>谷井等氏
1972年大阪生まれ。神戸大学在学中に企業経営を志し、大学4回生でビジネスを経験。卒業後、日本電信電話株式会社に入社も9ヶ月で退社。その後、合資会社デジタルネットワークサービスを設立、2000年1月株式会社インフォキャスト設立。同年7月楽天株式会社への同社を売却。同年9月、メールマーケティングシステムの開発、提供を行うインデックスデジタル株式会社を設立。現在、同社代表取締役を務める。

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