会報「商工とやま」平成22年8・9月号

特集1
伝統の味、こだわりの「ます寿し」の良さを伝えたい
富山ます寿し協同組合の取り組み



 富山を代表する味覚として、富山県内はもちろん、県外への土産品としても人気を誇るます寿し。富山市内には伝統の技と製法、そして独自の味を守り続け、多くの人々に愛されている、いくつもの老舗があります。読者の皆さんも、ご自分の好みの味、好みの店を持つ方も多いのではないでしょうか。

 今回は、富山ます寿し協同組合の大郷穰理事長と若嶋弘事務局長に、富山のます寿しの歴史とこだわりの味、その旨さの秘密についてお話を伺いました。


老舗による「ます寿しのれん会」


 富山ます寿し協同組合に加盟するお店は、現在、富山市内に13軒あります。同組合は、別名「富山ます寿しのれん会」とも呼ばれ、各店ならではの製法と特徴ある味を守る老舗の集まりです。いずれも、祖父や父の代から店を受け継いだお店がほとんどで、明治時代から続くお店もあるとか。各店独自でます寿しを製造し、自店で店頭販売をする家族経営が主体となっています。また、基本的にはその日に売り切る分だけを作る受注販売がほとんどだそうです。


作り手の顔が見える個性ある品物を


 「組合加盟店の店は家族経営の店が多く、大量生産はできません。作り手の顔が見える品物をお届けしているということが私たちの特徴であり、誇りでしょうか」と語る大郷理事長。

 顧客は個人客が圧倒的な数を占めます。もちろん、飛び込みのお客様のために多少の予備は作られていますが、主にその日の注文数に応じた商品を作っています。

 「皆それぞれが独自に厳選した材料を使っていますし、自店ならではの製法と味を守り、しかも無駄を出さないという昔ながらのやり方で作っています。いわば、こだわりを持った職人の集まりですね」と、組合の特徴を大郷氏は話して下さいました。


ます寿しの旨さの秘密


 ます寿しは、実は出来立てよりも、翌日の方が旨味は増していくそうです。その理由を大郷氏は次のように説明します。

 「ます寿しはお酢を使った発酵食品ですから、乳酸菌の働きで旨味の成分であるアミノ酸が2日目の方が増えることが科学的に立証されています。夏場と冬場では気温の違いがあり発酵の進み方も変わるので一概には言えませんが、作り立てよりも、翌日の方が美味しいと言われる理由がここにあるのです。酢と押しで魚とご飯を締めて発酵を促し、2日目には魚とご飯がよく馴染むことで、より旨味が出てくるのです」

 夏場にはよく発酵が進むため、酢の量は変えていなくても、酸味が強く感じることがあるそうです。

 また、乳酸菌の作用によって、2日目の方が雑菌の数も減るのだとか。さらに、ます寿しを包む笹には香りの良さはもちろんのこと、菌を抑えてくれる作用があります。昔からの暮らしの知恵が今も製法に生かされています。


1段は米1合


 ます寿しを入れる曲げ物は、1段でぴったり米1合(150g)の大きさになっています。

 「米を3升炊けば、ちょうど30個分になるという具合です。よく、お客様に1段で何人前ですかと聞かれるのですが、米1合分ですから、それを目安にして下さいとお伝えしているんですよ」と、大郷氏。

 昔は竹も自分たちで切り揃え、留め具も今のようにゴムではなく、藤のツルを裂いて紐にして縛ったものだとか。長年の間に、様々な知恵と工夫が生かされて、現在のような形へと変遷してきました。


大好評のます寿しの食べ比べ


 ひと口にます寿しと言っても、店によってその味は実に様々。魚や米の選び方、ご飯の炊き方、酢の効かせ方、甘みや塩加減、そして押しに至るまで、お店によって材料も製法も少しずつ異なります。また、皆、違っているからこそ、自分の好みの味を見つけるという楽しみがあり、お気に入りの味を大切な方に贈るという喜びもあるのです。

 しかし、いろんな店のます寿しを食べてみたいと思っても、たくさんの店の商品を一度に食べ比べることはできません。そんな皆さんの日頃の願いをかなえるイベント「第2回ます寿し祭り」が、富山市青年元気塾のプロデュースにより、チンドンコンクールに合わせて4月10日、11日に富山市総合体育館で開催されました。

 これは、組合の13店舗のます寿しを、それぞれ8等分の食べきりサイズにカットして、1切れ200円でパック販売するというもの。好きな商品を自由に選んでいくつでも買えるとあって来場者には大好評で、お店による味の違いをたくさんの方が楽しみました。昨年に続き2回目の開催で、県外からの観光客だけでなく、県内客にとってもうれしい企画となり、組合にとっても格好のアピールの場となったようです。


東京のアンテナショップでも人気


 組合では、各店での店頭販売の他にも、CiCや富山大和、金沢の名鉄エムザ、東京有楽町にある富山県アンテナショップ「いきいき富山館」などにも各店が交替で商品を納めています。いきいき富山館では、毎日日替わりで2軒のお店の商品を販売していて人気も上々とか。月に600から700個は売れているそうです。

 「先日、TBSの安住紳一郎さんと、富山県出身の室井滋さんが市内の七軒町界隈のます寿し店を食べ歩いた番組が放送された時にも大きな反響があり、アンテナショップからものすごい数の追加注文が来ました。東京でもこれまで長く販売してきましたから、よくご存じの方はご自分の好みの商品を覚えておられて、毎日のようにご指定でのご注文があります」と話す若嶋事務局長。

 その他に、都内各地域の県人会や同窓会などの集まりの際にも土産品としてよく利用され、富山から直送しているそうです。また、友達や親戚、家族からます寿しをお土産としてもらった方が、美味しかったからということで問い合わせてこられたり、購入されたりすることも多いそうです。


ます寿しの始まり


 富山のます寿しの歴史は、豊かな川の恵みに感謝することから始まったと考えられています。神通川の中流にある鵜坂神社では、鵜坂神にその年に最初に獲れた一番鱒をお供えする風習がありました。最初は塩漬けにしたマスだけを献上していたようですが、やがて炊いたご飯の上にマスをのせて献上するようになり、これが「ます寿し」の始まりとも伝えられています。

 また、享保年間に富山藩士の吉村新八が、神通川のアユでつくつた鮎寿しを、8代将軍吉宗に献上したという話があり、これも現在のます寿しのもとになったと言われています。


豊かだった神通川の川魚


 かつての神通川ではます寿しの材料となるサクラマスだけでなく、アユやサケなどの川魚がたくさん獲れ、漁師の笹舟がいっぱいになるくらいに水産資源が豊富でした。また、大郷氏によると、アユもサクラマスも、魚体の大きさは、現在獲れるものの倍以上はあったそうです。

 戦後、神通川の改修やダム建設、護岸工事などによって、川や人の暮らしの安全性は高まりましたが、魚にとっての環境は激変しました。

 「以前の神通川は、今のように直線的でなく蛇行していましたから、魚にとっても棲みやすい環境だったのだと思います」と若嶋氏は指摘します。

 サクラマスは、幼魚期の1〜2年を川で過ごし、海へ下ります。そして、3年目に再び生まれた川に戻ってきます。川にとどまる時間が長いため、環境の変化を受けやすい魚でもあるのです。サクラマスは、今では「幻の魚」と呼ばれるくらいに、漁獲量が減ってしまいました。

 「治山治水で、自然のえさ場がなくなっていき、天然ものの魚は本当に獲れなくなった」と話す大郷氏。神通川でサクラマスが獲れなくなってからは、昭和30年代までは北海道などの産地から生の魚を仕入れ、樽に入れ氷を詰めて貨物列車で富山まで輸送していたそうです。


季節限定のごちそうだった


 冷凍技術や輸送手段も発達していなかった時代には、ます寿しは、あくまで季節商品として作られていました。1月初めからサクラマスが獲れ始め、夏にはアユ、年末には新巻きや筋子など、季節ごとに川で獲れる魚を料理したり加工したりして、組合員の店舗では様々な商品を販売していました。大郷氏のお店も、もとは現在の場所で川魚の料亭を営んでいたそうです。昭和24年には現在の組合の前身である「富山川魚商業組合」という任意組合が結成されていました。

 「ます寿しは、主に春、目安としては山王祭りが行われる6月初旬までの季節限定商品でした。祭りなどのハレの日の特別なごちそうであり、贅沢な食べ物だったのです。また、お祝い事のあるときには、家庭でも魚をさばいてます寿しが手作りされていました。とにかく、現在のように一年中食べられるものではありませんでした」と大郷氏は振り返ります。


ます寿し作り専業へ


 やがて冷凍技術や輸送手段が発達したことで魚が一年中手に入るようになりました。また、駅弁として、ます寿しが全国的に人気となったことや観光客も増えたことなどから、昭和30年代後半からは、組合の各店舗ではます寿し作りを専業にする店が多くなりました。そして、昭和44年には、現在の富山ます寿し協同組合が結成されました。組合では、これまで衛生面での講習などに力を入れ、食の安全を第一に活動に取り組んでいます。


子供達の絵をパッケージに


 ます寿しの良さを次世代に伝え広くピーアールしようと、平成15年には、組合員の店舗がある校下の小学生達に、ます寿しのパッケージの絵を描いてもらう事業を実施しました。160点の応募作の中から選ばれた最優秀作品1点は、実際にパッケージとなり使用されました。また、県民会館では作品展が開催され、どの作品からもます寿しが美味しくて大好きという子供達の思いが感じられました。


のれん会の良さを守り伝えたい


 富山を代表する名物としてのます寿しの伝統を大切に守り、次世代に伝えていきたいと話す大郷氏。

 「目先だけを新しくするのではなく、各店のこだわりや製法など、大事なものはこれからも守っていきたいですね。しかし、ただ老舗だからと商品を買っていただける時代ではありません。皆で知恵を出し合い、今後は、私たちの組合や、のれん会のことをもっと多くの方に知っていただけるよう、ピーアールに努めていきたいと考えています」

 組合各店のます寿しには、それぞれの店の熱い思いや心意気が込められています。富山を代表するブランドとして、同組合は平成17年に富山市から「特産の匠」、平成19年には富山県から「とやま食の匠」に認定されています。

 それぞれの店が秘伝の味を守り、誇りを持って、ます寿しづくりに取り組み、さらに、新たな工夫を重ねることで、多くの人に喜ばれる味が、引き継がれていこうとしています。

 皆さんも、個性豊かな各店のます寿しを食べ比べてみて、富山ならではの味をもっと楽しんでみませんか。



●CiCでます寿しづくり体験教室を開催中

 富山駅前のCiCの「とやまいきいきKAN館」内にある「ますの寿しミュージアム」では、ます寿しの歴史などを映像とパネルで紹介しています。また、毎週金曜日、4人以上の参加者が集まった際には、ます寿しづくりの体験教室が行われて、観光客にも人気です。開催の5日前まで予約を受付けています。ぜひ、ご家族や友人同士で出かけられてみてはいかがですか。

【開催日時】 毎週金曜日 14:00〜15:00
【体験料】 1,200円(材料費込)
【連絡先】 (財)とやま観光物産センター エ076−444−7120

富山ます寿し協同組合

●加盟店

1 (有)高芳 富山市本町3-29 TEL:076-441-2724
2 (株)川上鱒寿し店 富山市丸の内1-2-6 TEL:076-432-5129
3 (株)今井商店 富山市石倉町1-30 TEL:076-421-2319
4 (株)青山総本舗 富山市新富町1-4-6 TEL:076-432-5324
5 鱒の寿し前留 富山市丸の内1-3 TEL:076-441-4544
6 (有)小林鱒寿し店 富山市東町1-3-7 TEL:076-432-5405
7 (株)高田屋 富山市丸の内1-1-13 TEL:076-432-4774
8 (株)せきの屋 富山市七軒町4-11 TEL:076-432-5104
9 (株)千歳 富山市鵯島2区887 TEL:076-432-2515
10 (株)吉田屋鱒寿し本舗 富山市安野屋町2-6-6 TEL:076-421-6383
11 鱒の寿し関野屋((有)庄右衛門) 富山市諏訪川原3-4-12 TEL:076-421-0439
12 なみき鱒寿し店 富山市南田町2-2-18 TEL:076-425-6780
13 鱒寿し本舗なかの屋 富山市田中町5-1-12 TEL:076-424-4152

富山ます寿し協同組合
〒930-0085 富山市丸の内2丁目4-17 TEL/FAX:076-421-1424
http://www.toyama-masuzushi.or.jp/

▼機関紙「商工とやま」TOP