会報「商工とやま」平成23年 月号

特集1 【県内企業人材養成モデル開発事業 事例紹介】
       苦しいときでも、あしたへつなぐための人材養成を。
          株式会社 東邦技研


 リーマンショック以降の不況に加え、今回の東日本大震災によって大きく揺さぶられる日本経済と企業経営。しかしながら、苦しいときでも、新卒者を雇用・教育し、次のステップへと飛躍するための準備を怠らない企業もあります。今回は、富山県の事業から助成を受けて2人の新卒者を採用し、人材養成カリキュラムを開発・実施した、株式会社東邦技研の事例をご紹介します。この事例を通して人材養成の重要性と経営にもたらすメリットについて、改めて考えてみたいと思います。


正規雇用と合わせた、人材養成カリキュラムを開発


 株式会社東邦技研は、平成21年度の富山県のふるさと雇用再生特別基金事業「県内企業人材養成モデル開発事業」(富山商工会議所が受託)に応募。同事業の支援と助成を受けて新しく開発した人材養成カリキュラムを、昨年春から今年の春まで1年間にわたり、2人の新卒者に実施。その結果を踏まえ、自社の人材養成モデルを作り上げました。

 この事業の目的は、県内の中小企業が新卒者を1年間雇用して、実習(OJT)および研修を行うことで、実践的、効果的な「人材養成モデル」を開発することです。多くの企業に参画してもらえば、業種、職種、企業規模等で類型化させた「人材養成モデル」の開発ができ、それを県内の各中小企業で役立てられるのではないかという期待もあります。この事業を受託した当所は、専門家と一緒になってそのモデル開発に取り組んできました。

 また、この事業は人材養成とともに、求職者の正規雇用につなげる目的があります。新規雇用者の1年間の人件費や、教育訓練に関する経費などは委託費として採用企業に支払われ、委託終了後は、原則として雇用者を正社員に登用することが条件となっています。


あしたへつなぐ、種まきを


 同社の松井甚幸社長に、事業への参加を決意した経緯を伺いました。

 「実は、応募直前にリーマンショックがあり、本当に苦しい時期でした。しかしながら当社では早くから、新技術の開発において、志と将来展望を持って先行投資してきた歴史があります。これまでも東京など様々な展示会へ積極的に出展して、技術開発に意欲的に取り組んできました。

 人材養成についても同じです。お客様がどんどん変革していく時代には、新しい人材を育てないと我が社の将来は無いという思いを常々持っています。当時、平成18年頃から進めた事業がやっと軌道に乗り始めようとしていたタイミングでもありました。大きなマイナスを絶対に挽回するという強い決意。そして、これまで地道に種をまいてきたものの芽は、必ず芽吹くという信念のもと、すぐに応募を決めたのです」

 そして、新卒者2人が採用され、1年間の人材養成カリキュラムがスタートしました。

 同社では、以前から社員教育に力を注ぎ、「全員が技能者に」という目標のもと、国家技能検定の有資格者を目指しています。15名の社員の内、6名が複数の技能資格で1級・2級を持つなど、継続的で意欲的な人材養成が特長となっています。


社内全体にいい影響をもたらした新人たち


 今回の2人の新卒者の採用と人材養成カリキュラムの実践は、同社に大きなプラスをもたらしたと松井社長は語ります。実際に今期の2月決算では、前年同期で40%の売上増を達成しました。

 「とてもいい人を採用できて良かったですね。一人は技術系短大の卒業生ですが、もう一人は普通科高校の卒業生で、2人とも本当によく頑張っています。短期間でこれだけ人材養成が順調なのも、今回のカリキュラムのおかげ。私もその効果に驚いています。彼らの真面目な取り組みに、先輩社員たちが大いに刺激を受け、皆が切磋琢磨していきました。2人のおかげで付加価値率がぐんと上がり、売上増につながったのです」

 また、人材養成カリキュラムの中でも、月ごとに行われる人材養成責任者と新卒者の個別面談はとてもいい取り組みだったと振り返る松井社長。

 「彼らは素直に職場や日々の生活で感じたことを語り、上司ともいいコミュニケーションがとれていました。お互いが人として率直に向き合い学び合った、とてもいい人材養成カリキュラムだったと思います」


新人たちの新たな決意


 社内に新しい息吹をもたらした2人の新人、鎧塚正実さんと木下貴博さんにもお話を伺いました。2人は採用から1年経ち、設計やオペレーション、検査部門などで、意欲的に仕事に取り組んでいます。

 鎧塚さんは「外部講習などで他社の同世代はもちろん、いろんな年代の方と触れ合うことができ、とてもいい経験になりました。日本にしかできないことをやってやろうという強い思いで、毎日の仕事に取り組んでいます」と語り、モチベーションの高さがうかがわれます。

 木下さんも「普通科高校卒業で知識はまったくありませんでしたが、短期間でも成果が出せるようになったのは、外部講習にたくさん行かせてもらったことや、先輩方のきめ細かな指導のおかげです。社長は『多能工になれ』とよく言っていますが、今後はいろんな仕事を覚えていけたらと思っています」と、将来への意気込みを語って下さいました。


他にはできない仕事をやる


 「製造業の海外移転は震災後も増えると思いますが、本物は日本に残ります。自分たちにしかできない仕事で生き残るために、これからも、違いがわかる技術を追い求めていきたい」と話す松井社長。その思いは、社員一人ひとりに行き渡り、先に紹介したように新入社員も意欲に燃えています。同社ではレアメタル材の金型に特化するなど、他社にはない技術を追求しています。

 これまでは、競合してきた東京の大田区のメーカーが業界を圧倒していましたが、後継者不足による廃業が続出しています。「難易度の高い技術ほど、後継者の育成がままならないため、中小企業の廃業が多いのではないか」と語る松井社長。

 「そうならないためにも、一所懸命に人材を育て、人件費が多少高くなっても技能継承をしないといけない時代。時代の変化に対応しつつ、変わらずに生き残るためには、自らが変わらないといけないのです」と、力を込めます。


登山と仕事は同じ


 無類の山好きで知られる松井社長は、10代の頃から山登りを続ける本格派です。

 「会社経営をして気がついたのは、山登りと多くの共通点があるということ。つまり、危険を察知した慎重な状況判断が大切ということです。決して冒険はいけません。慎重の上にも慎重を重ね、熟慮して決断して動く。山も仕事もいっしょです。己を知り、上を目指してトレーニングを積み重ね、技量を高めていくことですね」

 来年も新卒者を採用するという松井社長。技能の着実な継承をはかり、変化する要求に対応していくためにも、同社は今後も採用と人材養成に努めていきます。


株式会社東邦技研の技術とは


 株式会社東邦技研の歴史はいまから25年前、昭和61年(1986)にスタート。大手企業の技術者だった松井社長が工場設立の夢を実現しようと独立。資本金200万円で富山市今市のハイテクミニ企業団地で有限会社東邦技研を創業しました。

 その6年後には資本金は1000万円となり、業務拡大のため新社屋を富山市四方に新築移転。平成7年には株式会社東邦技研に社名変更し、半導体向け精密治工具部門に進出します。

 平成10年からは、3次元加工部門に進出。国際見本市等に最新の金型を出展したり、研究開発をすすめて7つの特許を取得するなど、積極的に新技術開発に取り組んできました。平成22年には4150万円に資本金を増資。医療関連機器分野でも特許を取得しています。

 同社では、レアメタルなどに特化したプレス金型、樹脂金型、電子部品、治工具などの精密部品を、CAD/CAM及び高速ジグボーラーを中核にしたネットワークによって、より迅速で付加価値の高い製品として提供しています。特に、他社に先駆けて3次元、高硬度材の直彫り加工に取り組み、その技術は高い信頼を得ています。品質保証についても3次元測定器、輪郭形状測定器によって万全を期しています。


定着率が向上する人材養成カリキュラム


 今回の事業に限らず、富山商工会議所では、人材養成等に関して会員事業所の皆さんのご相談に、専門家とともに対応しています。当所中小企業支援部の西野政行部長と、同じく人材養成モデル開発事業の久金正彦担当に、人材養成の重要性等について聞きました。

 「今回ご紹介した事例のように、会社がこんなにも真剣に自分を育てようとしてくれている、と目に見える形で実感できると新入社員はとても励みになります。若い社員が頑張っている姿を見て、先輩たちも発奮するという話はとても多いですね。研修を受けた人だけでなく、全社にいい影響をもたらすのが、人材養成カリキュラムの良さです」と話す西野部長。新人を大切に育てることによって愛社精神が高まり、定着率も良くなります。今回の事業ではさまざまな業種から18社が参加し、31名が内定しました。1年後の離職率も1割弱で、通常の3分の1以下です。しっかりとしたカリキュラムの成果とも言えます。


「ものづくりの富山」を支える


 また、久金事業担当も「学生たちが知名度の高い大手企業ばかりでなく、高い技術をもった中小企業に目を向けるきっかけにもなり、優秀な人材を採用する切り札にもなる」と語り、企業の成長に欠かせない、総合的な判断ができる人材を養成するカリキュラムの必要性を強調します。

 参加企業が今回の事業で開発した「人材養成モデル」は、例えば今回は外部機関を活用したり取引先から講師を招いた研修も、その後は、研修を受けて育った社内の人材で運用することができます。さらに、その内容をブラッシュアップしていくことも可能です。今後、類型化モデルの開発が進めば、「ものづくりの富山」を支えるツールになると考えられます。

 「富山にはすばらいしい技術を持った中小企業がたくさんありますが、後継者不足で事業継承が難しかったり、知名度が低く、なかなか人が集まらないケースも見受けられます。

 人材養成カリキュラムによって、社員教育にも力を入れている企業であるということをアピールし、大学卒業後も富山に帰ってきたいと思われるような、魅力的な環境づくりが広まるといいですね。そして、学生の皆さんにはもっと中小企業の良さに目を向けてもらいたいです。人材養成カリキュラムによって、企業や富山の魅力を高めていきたい」と話す2人。
 皆さんも、しっかりとした人材養成カリキュラムを作って実践し、未来への可能性を広げてみませんか。


株式会社東邦技研 代表取締役 松井 甚幸
 富山市四方荒屋142番地の12
 TEL:076-435-1930



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