「商工とやま」平成27年11月号
特別寄稿    〜当所スイス産業経済視察報告〜

  ものづくり産業や滞在型観光の高付加価値化の源流を探る

 当所は9月3日(木)から8日間、スイス産業経済視察団(団長/木繁雄会頭)を派遣した。
 今回は、多くの国際機関の本部が置かれる国際都市ジュネーブやローザンヌ、首都ベルン、隣国ドイツの影響を受け、ものづくり、薬都として有名なバーゼルなどを訪問。大使館をはじめジェトロ、商工会議所との意見交換、世界有数のものづくり企業などを視察し、9月10日(木)に帰国した。



■スイス連邦

 スイスは、26のカントン(州)から成る連邦国家で、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインに囲まれた内陸に位置し、面積は九州と同程度の約4・1万?。首都はベルンで、主要都市はチューリッヒ、バーゼル、ジュネーブ、ローザンヌなど。人口は約804万人で、首都ベルンの人口は約10万人である。
 スイス経済は内需が顕著に推移し、2013年のGDPは6508億ドルで世界第20位。しかしながら、1人あたりのGDP(同年)は8万1323ドルと世界トップクラスの水準で、国際競争力は世界第1位(2014年)を誇っている。
 とりわけ、機械式時計をはじめとする精密機械工業、化学医薬品工業、金融業などの主要産業は、各々の分野においてブランド力があり、徹底した高付加価値化を図っている。加えて、旅行・観光競争力は世界第1位を数年間維持しており、その要因となる滞在型観光の高付加価値化に向けた仕掛けや戦略が注目されている。
 この経済力に支えられた高賃金が、物価高の主要都市での市民生活を保っている。富裕層も多く、9・5%の世帯が金融資産で100万ドル以上を保有しているとも言われている。
 スイスは、ものづくり立国、国土の狭さ、資源の乏しさ、人口減少など日本と共通した環境や課題を抱えていることからその対応策や、高実績を上げている「ものづくり産業の高付加価値化」や「滞在型観光の高付加価値化」に関する企業の取り組みや国家戦略など、学ぶべき点が数多くあると考えられる。


■国際都市ジュネーブ(9/4)

◎ジェトロジュネーブ、ジュネーブ商工会議所でスイスを学ぶ
 ドイツのフランクフルト(1泊)を経由して空路で1時間ほどでジュネーブに到着した一行は、ジェトロと商工会議所へ向かった。意見交換会ではスイスの歴史的背景や生活習慣、価値観のほか、経済、貿易、投資、日本との関わりなどが話題となった。
 富山県薬業連合会や富山大学など、富山県は薬の分野でスイスとの交流が盛んで、ビジネスとして進行しつつある現状が紹介された。他には、愛媛県や岐阜県がスイスで商談会を開催するなど、行政のサポートのもと、中小事業者がスイス企業との農産物、水産物における貿易事業を積極的に展開しているとのことであった。
 当団からは「人口、面積において小国とされるスイスが、いかにして経済面における国際競争力を身に着けたのか」という質問があった。
 それに対し、教育機関では大学の教育レベルは高いが数が少なく、その代りに専修学校(※2年制で専門性が高く日本の高等専門学校のようなもの)が多くあり、より実践的なカリキュラムで、4年制大学卒業と同等の扱いを受けるほどに有能な人材を輩出していること。また、商品を開発する際に、市場は世界全体、高付加価値化を当然のコンセプトとし、それらを高く購入してくれるところ(地域・業態)へ販売する徹底ぶりなどが要因と説明された。
 更に厳しい条件をクリアしたものにしか与えられない「SWISS?MADE」のブランド化に成功したことも大きいとのことであった。

◎歴史的背景や政治、外交からスイスを考察する
 スイスは永世中立国として知られ、EU(ヨーロッパ連合)に加盟していない。スイスを視察する上でこれらの背景をどう捉えるのか。レクチャーの中で聞かれた「欧州の十字路」という印象に残るフレーズがキーワードとなった。
 これは周囲をドイツ、フランス、イタリアといった強国に囲まれ、自国の防衛のために結ばれた軍事同盟から始まったとされる。数々の紛争がビジネスチャンスとなり第二次世界大戦では世界中からお金が集まった所以である。
 周辺各国からの人やお金を受け入れ、無駄に制限を与えず、流れを縦横無尽かつスムーズにすることで、隣国との良好な関係を築き自国を守ってきた。受け入れた多くの移民(難民)の中には「バーゼルの染色職人」や「チューリッヒの貿易商人」と呼ばれるほどに質の高い技術や能力を獲得する者もいて、商工業の発展に大きな影響を及ぼした。今でも年間約26万人が隣国からいわゆる「出稼ぎ」に来ており、また、大学等の教員に外国人が多いこと、多国語を話せる人が多いことなどは変わっていない。故に公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語など歴史の影響を残し、26ある州は権限が強い。
 逆に連邦政府は7つある省庁の大臣が順番に大統領を務めることで政治が安定し、様々な規制によって企業活動が制限されることがない。税制も比較的シンプルな仕組みなため、全体の約9割を占める中小企業は海外進出を含め自由なビジネス展開が可能となり、残りの大企業は世界的に競争力を持つ有名なブランドが多いのもうなずけると、団員からの声が聞かれた。


■シャモニー、モンブラン(9/5〜6)

◎ヨーロッパ屈指の(滞在型)山岳観光地
 一行は土・日曜日の休日を利用しスイスとフランスの国境付近に広がる名峰モンブランを望むフランス領のシャモニーに滞在した。シャモニーは夏場と冬場で全く違った顔を見せるヨーロッパ有数の滞在型観光地。滞在期間中は一年で2日あるかないかの好天気で、モンブランをはじめとするヨーロッパアルプスの壮大な景色を思う存分、満喫することができた。


■国際都市ローザンヌと首都ベルン(9/7〜8)

◎高付加価値を生み出すパッケージメーカー
 国際機関の本部が多く置かれ、ヨーロッパ最大の湖、レマン湖に面するリゾート地でもあるローザンヌでは、世界遺産ラヴォー地区一帯に広がるぶどう畑とワイナリーを視察した。
 また、1890年の設立以降、100年以上の歴史を誇り、パッケージ加工機械産業とソリューション・サービスにおける世界有数のサプライヤーとして、日本をはじめ世界50ヵ国以上を対象にビジネス展開するBOBST社を訪れた。
 BOBST社では歴史や戦略、製品ラインナップなどの説明を受け、パッケージ機械のデモンストレーションを見た。工場内を見学していると、富山の機械製造工場と同様で、親しみのある鉄粉の匂いが漂い、「どこの国や地域においても、ものづくりの現場の匂いや空気はどんなに発達した機械を導入しようが変わらない。異国の地で内心ほっとする」との声が団員から聞かれた。
 BOBST社の圧倒的な差別化のポイントとしては、ワインやシャンパン、コニャックなどの高級洋酒、有名ブランドの化粧品、高級チョコレートといった箱代だけで1個数百円もする高級感のあるパッケージを手掛けている点である。これらのパッケージは高単価で値入率も高いことから、低価格で大量生産する「薄利多売」の原理とは真逆の発想で、効果的に売上、収益を確保することができる。

◎在スイス日本国大使館表敬訪問
 途中、グリュイエールという町でチーズフォンデュに使用されるチーズの製造工場を見学し、一行は首都ベルンに入った。ベルンでは世界遺産の街を見学したほか、日本大使館を表敬訪問した。大使館では前田隆平特命全権大使の出迎えを受けた。前田大使との懇談後、一等書記官からスイスの紹介や日本との関係、経済、観光についてのレクチャーを受けた。団員からは、ドイツ、フランスなど欧州諸国との関係についての質問が相次いだ。


■世界の薬都バーゼル(9/9)

◎世界最大級の医薬品メーカー
  旅も現地滞在が最終日となり、隣国ドイツの雰囲気を色濃く残し、ものづくり街としての伝統があるバーゼルに入った。世界有数の医薬品メーカーが本社を置いている。
 視察先は、アメリカの有名な経済雑誌から「世界で最も称賛される企業」のうち医薬品部門でナンバーワンに何年も連続して選ばれているノバルティス社である。同社の売上高は年間約6兆円と、日本ではベスト3に入る富山県の年間医薬品生産高をはるかに上回っている。
 広大な敷地内で、目を見張る独創的なモダン建築が立ち並ぶ中の一つ、ビジター専用と思われる棟で歓迎を受け、企業の歴史や経営理念、グローバル展開や商品コンセプトなどのレクチャーの後、意見交換した。
 バーゼルを後にした一行はチューリッヒから飛行機で、ドイツのミュンヘンを経由して日本への帰途についた。


■海外視察を振り返って

 スイスには日本との共通点や学ぶべき点があり、富山県も産業における歴史上、地理上の共通点が多く存在する。今回の視察で得られた発想やアイデアは、団員企業の経営や商品開発などに活かされるほか、産業振興・観光振興分野で行政へ提言するなど当所の事業活動として様々な形で役立てたい。

 報告者/中小企業支援部専門相談課 主幹 今川清司


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