会報「商工とやま」平成30年8・9月号

特集
短時間で医師・看護師が救急患者の元へ到着
富山県ドクターヘリ


 2015年8月に導入された県ドクターヘリは、県内の救急医療体制を変えました。患者の搬送にかかる時間は大幅に短縮。医師が重篤な救急患者の元へ向かうことで迅速な対応ができ、さらにはその症状を得意とする医師がいる病院、患者の住まいに近い病院など、より多くの条件を勘案して搬送先を選択することが可能になりました。ヘリが救急車と合流するための「ランデブーポイント」はスタート当初は333カ所だったのが現在は582カ所に増加しています。ドクターヘリの導入に尽力し、実際に500回以上フライトドクターとして搭乗された、県厚生部参事の小倉憲一さんに伺いました。


治療までの時間を短縮


 ドクターヘリは医師・看護師がフライトドクター・フライトナースとして同乗するヘリコプターで、医療機器や医療品を搭載しており、消防機関からの要請に応じて基地病院である県立中央病院から迅速に救急現場に向かい、救急医療を行いつつ患者を病院に搬送するものです。現在、ドクターヘリの受入れ病院は富山県内に18カ所、岐阜県内では3カ所。ヘリの導入により、救急医療はどのくらいスピードアップしたのでしょうか。

 「ドクターヘリの最も大きなメリットは、救急の専門的な知識がある医師や看護師がいち早く患者に接触し、治療を開始できることです。救急車ならば出動要請があってから現地に到着するまで、県内の場合で平均時間は約7分でした。それから現場に約12分滞在せねばならず、搬送にはまた約11分かかり、さらに院内へ運び入れてからようやく治療が始まります。しかし、医師・看護師を乗せて飛ぶヘリならば現場に到着すれば即、治療スタート。かなりの時間が短縮でき、心停止になる前に高度な蘇生処置や救命処置を行うことができます」

 救急車に乗っている救急救命士と医師・看護師では処置できる内容に差があり、例えば心停止前の挿管などは救急救命士には行うことができません。また、医師が搭乗するドクターカーもありますが、発着点を直線的に結んで飛ぶドクターヘリのスピードにはかないません。事故・災害で陸路が閉ざされている場合や、山間地にいる負傷者・急病人を助けるにも、ドクターヘリは有効です。


まるで「空飛ぶ救急室」


 ドクターヘリは、患者監視モニター、除細動器、人工呼吸器、吸引器、シリンジポンプなどの様々な医療機器や、豊富な薬剤などを搭載し、「空飛ぶ救急室」とも呼ばれています。

 ドクターヘリは基地病院である県立中央病院に常駐し、原則として年間休みなく運航しています(ただし日中のみ)。毎日、医師・看護師がヘリに積んである機器や薬剤のチェックを行い、出動に備えています。最初に消防署からの要請が来るのは県立中央病院の10階にある運航管理室です。出動要請はいつ入るかわかりません。常に待機しているCS(コミュニケーションスペシャリスト:通信の専門家)が最初に電話を受けます。電話がかかってきた時点ですぐに担当の医師・看護師にも伝えられ、CSが状況を聞いて確認している間に、1階の救命救急センターから即座にヘリポートへ向かいます。担当の医師・看護師は朝からフライトスーツを着用しており、いつでも出動できる態勢を整えています。乗り物に酔いやすいスタッフはあらかじめ酔い止め薬を飲んでいたりもするそうです。こうした入念な準備によって、出動要請から離陸までわずか4分という短さを可能にしているのです。


所要時間10分で富山県全体をほぼカバー


 街なかであっても、駐車場や広場など、ヘリが離発着できる場所が確保できれば移動・搬送は可能です。基地病院である県立中央病院から半径23キロ以内(東西は魚津市から高岡市までのエリア。南端は岐阜との県境)なら5分しかかかりません。富山県全体でも半径46キロ、10分以内の円の中に南砺市南端の一部を除いてほぼ収まります。

 「富山県のドクターヘリはイタリア製で、アグスタウェストランド社の『AW109SP』を使用しています。これはスピードが速く巡航速度は約280キロ。余談になりますが、フジテレビの人気ドラマ『コード・ブルー』で使われているヘリの機種よりも80キロ近く速いスピードで移動できます。スイスの山岳地帯でも活躍している、速度や高所性能に優れた機体です」

 エンジンを2基搭載しており、エンジントラブルが生じた場合の安全性も確保。実際の運航に必要な整備や調整などは専門業者に委託しており、機長、整備士は専門的な知識と経験が豊富な人が選ばれています。


1秒でも早い救急処置が命を救う


 小倉さんは、実際に何度も搭乗した経験があります。

 「2015年8月24日に運航が始まってから2017年3月31日まで、県ドクターヘリは約1100回以上出動しました。そのうちの約半分、500回以上は私が搭乗しています」

 ヘリがあったからこそ命が助かったというケースもありました。

 「シンガポールの方が立山の弥陀ヶ原で転倒したのです。脳出血を起こしていたのですが、すぐには症状が出なかったので気づかず、普通に乗り物で降りてくる間に悪化してしまい、要請を受けてヘリが到着した頃には既に片眼の瞳孔が開いた状態でした。あと数分遅れていたら亡くなっていたかもしれません」

 こういったケースに直面すると、救急医療に携わる意義を強く感じるといいます。外傷性の頭部の出血や、腹腔内の出血、緊張性気胸など、医師による救急処置が1秒でも早ければ命が助かる可能性が格段に上がる症例はたくさんあります。医師・看護師が素早く現場に到着し、そこですぐに治療を開始することにより、劇的に症状が改善され、また後遺症の軽減も期待できるのです。


症状に応じて病院を選択


 ドクターヘリには、医師や看護師が同乗すること、移動・搬送がスピードアップすること以外にも利点があります。救急患者の症状に適した病院を選択できるということです。
 「富山県内は新川、富山、高岡、砺波と4つの医療圏に分かれています。救急車による搬送ですと、患者がいる場所の医療圏の中で、最寄りの総合病院に運ぶことになります。しかし、ヘリならば医療圏を超えてどこへでも搬送が可能です。患者の症状を得意とする医師のいる病院を選ぶ有効性はもちろん、患者さんが通ったことのある病院、居住地・職場に近い病院なら主治医との連携や付き添い、快復後の通院についても、多くの利便性が期待できます」


All for TOYAMA


 ドクターヘリの導入により県内の救急医療のレベルは上がりました。フライトスタッフのジャケットの左肩には「All for TOYAMA」という文字が入っています。富山県が一丸となって救急医療の質を向上させていくのだという意気込みが伝わってきます。

 ドクターヘリに搭乗するフライトドクター・フライトナースは医師・看護師としての経験を5年以上積んでいます。かつ、救急専門医として1年以上、救急看護師として3年以上の勤務歴があり、さらに外傷蘇生等の講習の受講、3週間の搭乗研修を修了しています。ドクターヘリの導入以後、県立中央病院だけでなく県内の様々な病院の救急の専門的な医師が搭乗し、腕を磨いてきました。医療の経験を積んだエキスパートとはいえ、フライトしながら狭い場所で素早い処置などを行うには一定の経験を積む必要があります。また消防署との迅速・的確な連携を行うためにも、実践を積むことは重要です。

 今後の課題もあります。要請に従い出動してみるとそれほど重篤でなかったり、緊急性がなかったりするケースもゼロではありません。だからといって「無駄足だったとは言えない」と小倉さんは語ります。

 「『ドクターヘリが出るまでもなかった』というケースを減らすことは大切ですし、要請をする消防機関との連携方法の見直しも必要でしょうが、重篤な患者さんを見逃すことがあってはいけません。微妙なバランスを取りながら、ドクターヘリの活用を進めていきたいと思います」


ドクターヘリの周知を、そして安全な運航のためにご理解とご協力を


 小倉さんは様々な場でドクターヘリの必要性や存在意義について語って来られました。

 「ドクターヘリを導入するメリットについて問われると、私は『ベビースターラーメン1個分の金額を県民1人が払うだけで、生きるか死ぬかの瀬戸際にある人の命が救われます』と強調します。ヘリ導入と同じ年に北陸新幹線が開業しました。新幹線でなくても、ほかの鉄道や車、バスなどで東京へ行くことは可能です。しかし、新幹線が必要な場合もある。ドクターヘリもそれと同じです。もちろん救急車はあるけれど、ドクターヘリならそれより早く対応し、より高度な治療を開始できる。それで命が救えることがあるのだと知っていただきたいです」

 小倉さんは、公園、運動場、校庭などを活用したランデブーポイントを増やす要請もしているそうです。

 「2018年度に入ってから、県ゴルフ連盟に依頼し、ゴルフ場のフェアウェーに離発着できるようにお願いしました。ヘリが着陸するランデブーポイントが増えればそれだけ利便性が増します。付近の皆様にも、騒音などに一定のご理解をいただければと思っています」

 ドクターヘリが着陸する場合には、そのポイントにおられる方には速やかに退避して頂くことをお願いします。また、離着陸時には騒音や吹き下ろしの強風(ダウンウォッシュ)が発生するため、付近の方には窓を閉め、吹き飛ばされやすいものは室内にしまってもらう必要があります。そして診療を行っている間、近寄らないようにして頂かなくてはいけません。小倉さんは「ドクターヘリを見かけたら、安全な運航のために、また患者さんのために、ご協力をお願いしたい」と話します。

 富山県域はコンパクトで、もともと救急搬送にかかる時間が短いこともあり、ドクターヘリがそれほど強く求められてこなかった経緯があります。実際、導入は全国でも遅く、47都道府県中38番目でした。しかしドクターヘリはやはり必要なものです。一分一秒が生死を、また今後の後遺症の有無を分けるような状況において、もしものときの命綱のような存在になります。

 ドクターヘリの出動要請は原則として消防機関が行いますので、一般の方が119番で救急車を呼ぶようにドクターヘリを呼ぶことはできません。今のところ一般の方がドクターヘリを身近に感じる機会は少ないでしょう。しかし、この先その活躍の場は増えていくと思われます。いつかご自分や身近な方の命が救われることもあるかもしれません。

 ドクターヘリの存在が広く周知されるとともに、その重要性や必要性が強く認識され、県民の皆さんの協力のもと、重篤な患者さんが一人でも多く助けられることを願います。


県ドクターヘリ運航調整委員会事務局
 富山県厚生部医務課
 富山市新総曲輪1-7
 TEL:076-444-3219
富山県立中央病院 (基地病院)
 富山市西長江2丁目2-78
 TEL:076-424-1531
 http://www.pref.toyama.jp/sections/1204/drheli/


▼機関紙「商工とやま」TOP