平成14年7月号

佐々成政隊がゆく(2)

一夜泊稲荷神社


 立山町に佐々成政を祀った神社がある。

 天正11年(1583)、利田堤を築造していた成政は、病にかかり、重体におちいった。心配した民衆たちは、薬草の神が祭神である近くの社で病気治癒を祈願したところ、快方に向かった。それ以来、成政はこの神を深く信仰するようになり、あの「北アルプスさらさら越え」挙行の際にも、この社で無事を祈願したと言われている。

 江戸時代になり、成政の遺徳を慕う民衆たちは、藩主前田氏を憚り、「成政」の字を「成正」と変え、成正稲荷として密に信仰していた。

 この社は、その後の洪水で流失したが、天保3年(1832)、鷹狩でこの地を訪れた富山九代藩主・前田利幹(としつよ)は地元民衆から成政が深く信仰した社があったことを聞き、「成正大明神」(成政大明神の転化)を祭神として「浄正社」(成政社の転化)を再建した。

 この「浄正社」は、佐伯有頼が立山開山の時に一夜泊まった「泊の宮」と合併して明治4年、「一夜泊稲荷神社」と名を変え、現在に至っている。なお、この「浄正社」跡地には現在「成正霊王社」がある。

 この「一夜泊稲荷神社」は現在も地元の方々によって手厚く保護され、大河ドラマ「利家とまつ」の影響もあり、訪れる人も多い。

〔場所〕 立山町泊新
〔時間〕 富山市中心部から車で約20分(本誌6月号でご紹介した「佐々堤」から常願寺川を挟んでほぼ真向かい)


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