2021 Craft Competition In Takaoka. 34th since 1986.
コロナ禍による昨年の中止を経て2年ぶりに開催された「工芸都市高岡クラフトコンペティション」。ものづくりの環境が大きく変わり、また自粛生活が続く中でつくり手たちの創作意欲は熱くたぎっているように思われます。今年度は審査員に辰野しずか氏(クリエイティブディレクター、デザイナー)、ピーター・アイビー(Peter Ivy)氏(ガラス作家)が新たに加わりました。
今年のテーマは「手間」
コロナ禍により昨年の「工芸都市高岡クラフトコンペティション」は中止に。本年度は首都圏の緊急事態宣言、富山県のまん延防止等重点措置の解除を待っての審査会実施となった。今年度より一次審査は、オンラインによる画像審査を実施。前回より92点増の370点の応募作品の中から、106点が一次審査通過となった。10月6日の二次審査の際は、およそ2時間かけて入選作品を各審査員が一つひとつ手にとって吟味し、午後より受賞作9点の選定に入った。
大治:コロナ禍により昨年は中止になりましたので、2年ぶりの高岡クラフトコンペティションの開催となりました。社会や経済の変化の中で「クラフト」の名を冠した団体やコンペティションが少なくなっていく中で、ものづくりの町・高岡でこのコンペティションが続くことは意義のあることだと思います。このコンペティションを通して若いクラフトマンを発掘し、作家同士のつながりを増やし、工芸の土壌を耕す一助になればと思っています。
今回は「手間」をテーマにしました。コロナ禍で外出を控え、家にいる時間が増えたこの1年半ですが、手間がかかることの中に楽しさを発見する、気づかされた面もあると思います。「手間」の解釈については、審査員の皆さんそれぞれにお任せしますので、日常という視点に加え、「手間」にもフォーカスを当てて審査をお願いします。まずは審査にあたっての皆さんの方向性をお聞かせください。
小林:「手間」というと、制作時間とか複雑な加工を評価すると考えるかもしれませんが、私はちょっと視点を変えて見てみたい。例えば短距離走の100m競争は、何秒で走るかが基準です。それ自体は10秒前後のあっという間の出来事ですが、そのパフォーマンスの裏には日々の研鑽というか、気の遠くなるような「手間」が蓄積されて初めて花開くものなのではないでしょうか。私はたとえ瞬間芸的に制作されたように見える作品であっても、その裏にある「手間」を見るようにしたい。
使う側の豊かな手間もある
寺山:応募作品を拝見すると、皆さんの技術は非常に高い。僕自身もものづくりに携わっていますが、ものづくりには大変なエネルギーが必要で、そこには作り手の主張が込められています。僕は作品からうかがえる作家の主張に着目し、「この作家はこういうことを言いたいんだ」とわかるようなものをセレクトしていきたいと思います
辰野:今回初めて審査員に加えていただきました。よろしくお願いします。これから二次審査に入るわけですが、楽しみな半面非常に緊張しています。「手間」というといろんな捉え方があると思いますが、私は「現代における素敵な手間って何だろう」という視点で臨みたいと思います。単に時間をかけてつくるところにスポットを当てるのではなく、使う側の豊かな手間という可能性もあると思うのです。人間的な部分も見ながら各作品と対峙したいと思っています。
ピーター:私は3つの視点で審査していきたいです。まずは技術から感性が広がっているか。素晴らしい技術が使われた作品であっても、ユーザーの使いやすさと道具としてのよい機能がないといけないと思います。私は基本的に使えるもの、使い勝手がいいものに興味があります。その上でビジュアルがよい、デザインがよい。私はこの3つをクリアしているものを探して評価したいと考えています。
大治:皆さんの方向性を伺って、僕は使う側の手間、使い勝手という視点もあるように感じました。使いやすいものは世の中にはたくさんあり、工芸品の中には使い方を間違って壊してしまうものもある。僕はその使う手間を楽しめるような作品に出合えたらいいなと期待しています。
クラフトの多彩さを示す2021の応募作品
二次審査の入賞作品選定では、審査員一人が3票の投票を行い、得票の多いものを中心に、グランプリ、準グランプリの候補作を選び、審査員賞は審査員各人の視点で選定した。なお奨励賞・高岡市長賞は7月に新しく就任した角田悠紀市長の意見を伺った上で審査員が選定することとし、審査会には角田市長も参加。自らの視点で審査員に考えを示した。
大治:さて皆さん、二次審査の投票が終わったようですね。僕は今回は非常に迷いましたが、審査員の皆さんもそのようです。例年ですと、いくつかの作品に票が集まり、グランプリ、準グランプリは割とすんなりと決まりましたが、今回は本当にばらけました。それだけ応募作品の魅力が多彩だったというわけです。2票以上入ったのは、竹かご(「盛りかご “冊”」)、ガラスの小皿(「平豆皿『霜柱』」)、テーブル(「patol table」)、そして4票入った「薪ストーブ」です。この中から、グランプリ、準グランプリを選びたいと思いますが……。
辰野:皆さんの投票を見てわかるのは、審査員長ご指摘の通り、意見が分かれて投票がばらけています。私の投票も、「これをグランプリに」「これを準グランプリに」という推しではなく、既視感がなく素晴らしい作風のものを選びました。この「平豆皿」に施された繊細な線や奥行きの出し方は、手間が相当かかります。ピーターさんに伺ったら「あまり見たことがない作り方だ」というところから1票投じさせていただきました。
ピーター:こういう作り方は、今まで見たことがありません。私には斬新に見えました。この作家は、ガラスの新しい表現を探しているのかもしれません。
小林:実際に込められているであろう膨大な手間が、前に現れ過ぎていないところに魅かれます。
大治:そういうふうに解説していただくと、作品のよさがわかりますね。ではこちらの竹でつくられた「盛りかご」はいかがですか。
新たな発想による工芸技術のアップデート
寺山:まず見た目がきれいです。一見、あまり強度がないように見えますが、細部にわたって加工が丁寧で、しっかりしていますから、意外と強度がある。このかごに小物を入れると、宙に浮いているように見えて、小物を美しく見せるところがいいですね。
ピーター:私も宙に浮いているように見えるところが気に入りました。それと先ほどの「平豆皿」もそうですが、見る角度によって作品の奥行き感が違って見えるのも魅力です。竹の加工技術は伝統的なものなのでしょうが、浮いているように見せるという発想は新しくていいと思います。
大治:ではこちらのテーブル、「patol table」はいかがですか?
小林:一次審査の画像より、実物を見てその仕上がりのよさに目が留まりました。
大治:そこは僕も同じです。
小林:機能的にも優れています。折り畳まれた姿にも配慮が見られますし、細部の加工も丁寧です。ただ一つ気になるのは、天板の積層合板の小口を見せる判断としているのが、まとめ方として果たしてよかったのかどうかという点です。
大治:全体の無垢感が高いから気になるのかもしれませんね。このテーブルは指物の技術としては高度なものを使われている。折れ曲がる仕組みを理解するまでは、ハンドリングに戸惑いますが、仕組みを理解すると使う手間のあるこのテーブルが好きになりました。ホームセンターの足を折り畳むだけのテーブルより使うのに手間のかかるものですが、仕組みがわかり実際に触って組み立てていくと味のある作品だということがわかってきました。
クラフトとかプロダクトを超越して
大治:では次に4票入っている「薪ストーブ」にいきましょうか。一人だけ投票されていませんが……。
寺山:皆さんが投票されているのを見て、僕はあえて投票しませんでした。デザインは素晴らしく、細部の加工も丁寧ですが、これがクラフトかという疑問が……。
大治:確かに、その疑問は皆さん持っておられるかもしれない。クラフトというよりプロダクトではないか、と。
辰野:プロダクト感は確かにあります。しかし、よく見ると細部にわたって手間暇をかけているのが伺えます。作り手の制作風景を想像すると、クラフトとして評価してあげてもいいのではないかと思いました。
大治:作りの丁寧さからいって、この「薪ストーブ」はクラフトとかプロダクトを超越して、薪ストーブのよさを凝縮しているような気がします。事務局によると、曲げ加工以外は作家の手作りで、実際に自分で使ってみてストーブとしての機能も確認しているようです。これをクラフトだと認めると、何かすごい突破力のあるストーブに見えてきます。
ピーター:私はこの「薪ストーブ」をクラフトというのに何の迷いもありません。ただ一つ気になるのは、薪をくべるところの深さがこれでいいのかということです。
小林:この作品は「クラフトってなんだろう」と改めて考える作品になるかもしれません。今回、議論が紛糾した「千手観音菩薩像」も違った意味でクラフトの立ち位置を考えさせられる応募作品だったと思います。
大治:ストーブの上のあの丸い平らなところは何かな?
寺山:多分、鍋を乗せる時、火の回りをよくするために、あそこが外れるようになっているのでしょう。
大治:先ほど取っ手の部分を触ってみました。テーパー加工がされていて、取っ手の右端と左端でほんの数ミリ、太さが違うのです。僕はそこに、この作者の美意識を感じました。
寺山:皆さんのお話を伺って、僕も1票投じたくなりました。
大治:そうすると審査員全員がこの「薪ストーブ」を推したことになります。これを今年度のグランプリ作品としてよいですか?
一同:はい。(拍手で承認)
クラフトの視野を広げる受賞作
大治:では今度は準グランプリを決めましょう。今までの投票は白紙に戻して、もう一度1票投じるとしたらどれを推しますか?
小林:「薪ストーブ」をグランプリに選定することで、今年のコンペティションは視野が広がったように感じます。「手間」といテーマを設定された大治さんは、そのあたりどういう印象ですか?
大治:その点でいうと、例えば竹の「盛りかご」は魅力ある作品だと思います。一見、強度があまりなさそうに見えて、デザインも加工もしっかり施されて、意外と強度がある。サイズのバリエーションや蓋のある、なしなどの展開があるなら、もっと魅力的だと思う。
辰野:機能としては限られてくると思いますが、オブジェとして美しいですね。
ピーター:隙間がある、かぜ通しがよいというところがこの作品のよいところかもしれません。私がこの作品で好きなのは、隙間から底面が見えるところです。その発想やデザインが面白い。
辰野:「盛りかご」が置いてあるクラフトショップには、「薪ストーブ」もあるような気がしませんか(笑)。
小林:どちらも道具としての佇まいを留めながらも、在り方の更新に成功しているということが、通じる要素なのかもしれない。そう考えると、私もこの「盛りかご」を推したくなりました。
大治:では準グランプリは「盛りかご “冊”」に決定します。
一同:拍手。
高岡市が目指す方向性を示しているよう
大治:続いては奨励賞の高岡市長賞です。地元高岡の作家の活動を奨励し、また銅器・漆器・菅笠などの高岡の伝統工芸を応援する意味合いもありますが、角田市長に推薦していただきます。
角田市長:作品や作家の意図を読み取ろうとされている審査員の先生方のお姿を拝見し、感慨深く思いました。その点から、私が奨励賞(市長賞)に推薦したいのはこの「View Point」、国旗を銅器(青銅)で立体的にかたどったものです。これは横から見ると、それぞれ個性的ですが、真上から見ると国旗に見えます。この作品は、これからの高岡市が目指す方向性を示しているように思えてなりません。多様な文化・価値観を有する中で、外国籍の方も一緒になって高岡を盛り上げていく……。今年はオリンピックがあり、その感をますます強くしました。そういったところからこの「View Point」を市長賞に推薦したいところです。
一同:拍手。
大治:奨励賞の市長賞については皆さん納得されているようですので、この「View Point」に決定しましょう。
角田市長:ありがとうございます。審査員の先生方のご理解を得てほっとしました。
これまでの「クラフト観」を更新
大治:審査員賞については各審査員にお任せするとして、もう一つの奨励賞、高岡商工会議所会頭賞を選びましょうか。こちらも地元の作家を奨励する意味合いを持っています。僕はこの木製のお皿がいいのではないかと思うのですが……。
辰野:私も好きですが、このお皿は既視感があるので賞となると難しいかもしれません。
小林:この皿自体は決して悪くはないとは思いますが、地元の伝統技術を奨励する賞の対象としてはどうでしょう。消極的推薦にはなりますが、こちらの香立ての「Akeru」は皆さんどのように思われますか?
大治:それには既視感がありませんか。
小林:確かにこちらの断面が緑青の仕上げのタイプはクラフトコンペの亡霊のような既視感で満たされていると思います。もう一方の断面がポリッシュ仕上げのものは表面の酸化膜との対比が効いていると思います。そこで商工会議所会頭賞には、この断面ポリッシュ仕上げの方だけにするのはどうでしょう。次年度以降の募集に対しての一つのメッセージになると思うのですが……。
ピーター:私もこの香立ては機能としての面白さの他に造形のユニークさもあると思います。
寺山:あとは値段について一考していただけたらよい。もう少し安い方がいいのではないでしょうか。
辰野:お香の角度を変えることができるっていいですね。でも本当に緑青を外すのですか?
小林:ここの加飾は、例えて言うと学ランの裏ボタンのようなものです。本当に必要かというとそうでもない。
大治:ピーターさんわかりますか(笑)?
ピーター:スクールユニフォームの裏側のボタン? いらないでしょう。
小林:もともと酸化膜で覆われているブロンズの断面に、さらにまた酸化現象である緑青の加工を施すと、対比どころかもう意味がわからなくなってしまうような気がします。
辰野:確かに余計な加飾をしない方が整合性が取れていますね。
大治:では奨励賞の高岡商工会議所会頭賞は、香立て「Akeru」の断面ポリッシュ仕上げの方にします。
一同:拍手。
大治:今回のコンペティションでは、新しい取り組みがいくつもありました。高岡市長自らの意見を伺った上で奨励賞を選んでいただいたこともそうですし、グランプリの「薪ストーブ」、準グランプリの竹の「盛りかご」も新しい視点で選考されたと思います。これまでの高岡クラフトコンペの「クラフト観」を更新した作品がグランプリに選ばれたことで、様々な領域の作家を触発するのではと期待しています。
皆さんの講評、私自身にも響きました。今回、このメンバーで「クラフトとは?」という問いを考えられたことがとてもありがたく感じます。